今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極《きわ》めて取りとめがない。人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自ら疚《やま》しい様なこともせぬ。従ってまだまだ暢気《のんき》なもので、人前を繕《つくろ》うと云う様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろうに。
親というものはどこの親も同じで、吾子をいつまでも児供のように思うている。僕の母などもその一人に漏れない。民子はその後時折僕の書室へやってくるけれど、よほど人目を計らって気ぼねを折ってくる様な風で、いつきても少しも落着かない。先に僕に厭味《いやみ》を云われたから仕方なしにくるかとも思われたが、それは間違っていた。僕等二人の精神状態は二三日と云われぬほど著しき変化を遂げている。僕の変化は最も甚《はなはだ》しい。三日前には、お母さんが叱れば私が科《とが》を背負うから遊びにきてとまで無茶を云うた僕が、今日はとてもそんな訣のものでない。民子が少し長居をすると、もう気が咎めて
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