這入って行った。挨拶などは固《もと》よりお流れである。考えて見ると成程一昨年来た時も、其前に来た時も改まった挨拶などはしなかった様に覚えてるが、しかしながら今は岡村も慥《たし》か三十以上だ。予は四十に近い。然も互いに妻子を持てる一ぱしの人間であるのに、磊落《らいらく》と云えば磊落とも云えるが、岡村は決して磊落な質《たち》の男ではない。それにしても岡村の家は立派な士族で、此地にあっても上流の地位に居ると聞いてる。こんな調子で土地の者とも交際して居るのかしらなど考える。百里遠来同好の友を訪ねて、早く退屈を感じたる予は、余りの手持無沙汰に、袂《たもと》を探って好きもせぬ巻煙草に火をつけた。菓子か何か持って出てきた岡村は、
「近頃君も煙草をやるのか、君は煙草をやらぬ様に思っていた」
「ウンやるんじゃない板面《いたずら》なのさ。そりゃそうと君も次が又出来たそうね、然も男子じゃ目出たいじゃないか」
「や有難う。あの時は又念入りの御手紙ありがとう」
「人間の変化は早いものなア。人の生涯も或階段へ踏みかけると、躊躇なく進行するから驚くよ。しかし其時々の現状を楽しんで進んで行くんだな。順当な進行を遂げる
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