があまりに遅いから……」
「ウン僕はやってきた。汽車弁当で夕飯は済してきた」
「そうか、それじゃ君一寸風呂に這入り給え。後でゆっくり茶でも入れよう、オイ其|粽《ちまき》を出しておくれ」
岡村は自分で何かと茶の用意をする。予は急いで一風呂這入ってくる。岡村は四角な茶ぶだいを火鉢の側に据え、そうして茶を入れて待って居た。東京ならば牛鍋屋《ぎゅうなべや》か鰻屋《うなぎや》ででもなければ見られない茶ぶだいなるものの前に座を設けられた予は、岡村は暢気《のんき》だから、未《ま》だ気が若いから、遠来の客の感情を傷《そこの》うた事も心づかずにこんな事をするのだ、悪気があっての事ではないと、吾れ自ら頻《しき》りに解釈して居るものの、心の底のどこかに抑え切れない不平の虫が荒れて居る。
予は座について一通り久※[「※」は「さんずい+闊」、第4水準2−79−45、73−12]《きゅうかつ》の挨拶をするつもりで居たのだけれど、岡村は遂に其機会を与えない。予も少しくぼんやりして居ると、
「君茶がさめるからやってくれ給え。オイ早く持ってこないか」
家中静かで返辞の声もない。岡村は便所へでもゆくのか、立って奥へ
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