と云はるゝまゝに、今井の宅に打連れて往くことにした。自分が牛舍の流しを出て臺所へあがり、奧へ通つた内に梅子と女中は夕食の仕度に忙しく、雪子もお兒もうろ/\遊んでゐた、民子も秋子も鞦韆に遊んでゐた。只奈々の姿が見えなかつた。それでも自分は敢て怪みもせず、今井と共に門を出た、今井の宅は十二三分間で往かれる所である。
 今井の宅には洋燈もついて外に知人も一人居つた。上がつてから凡そ十五六分も過ぎたと思ふ時分に、あわたゞしき迎へのものは、長女と女中であつた。
『お父さん大へんです、奈々ちゃんが池へ落ちて………。
 それやつと口から出たか出ないかも覺えがなく、人を押しのけて飛出した。飛び出でる間際にも、
『奈々子は泣いたかツ
と問うたら、長女の聲で未だ泣かないと聞えた。自分は其不安な一語を耳に挾さんで、走りに走つた。走れば十分とはかゝらぬ間なれど肥つた自分には息切れがして殆どのめりさうである。漸く家近く來ると梅子が走つてきた。自分は又
『奈々子は泣いたか。
『まだ泣かない、お父さん未だ醫者も來ない。
 自分は周章てながらも六つかしいなと腹に思ひつゝ猶一息と走つた。
 わや/\と騷がしい家の中は薄
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