に廻つた。悉く人々を先に出しやつて一渡り後を見廻すと、八升入の牛乳鑵が二つバケツが三箇殘つてある。これは明日に入用の品である。若い者の取落したのか、下の帶一筋あつたを幸に、それにて牛乳鑵を背負ひ、三箇のバケツを左手にかゝへ右手に牛の鼻綱を取つて殿した。自分より一歩先に行く男は始めて牛を牽くといふ男であつたから、幾度か牛を手離して終ふ。其度に自分は、其牛を捕へやりつゝ擁護の任を兼ね、土を洗ひ去られて、石川と云つた竪川の河岸を練り歩いて來た。もう是で終了すると思へば心にも餘裕が出來る。
道々考へるともなく、自分の今日の奮鬪は我ながら意想外であつたと思ふにつけ、深夜十二時敢て見る人も無いが、我が此の容態はどうだ。腐つた下の帶に乳鑵二箇を負ひ三箇のバケツを片手に捧げ片手に牛を牽いてる、臍も脛も出づるがまゝに隱しもせず、奮鬪と云へば名は美しいけれど、此醜態は何のざまぞ。
自分は何の爲にこんな事をするのか、こんな事までせねば生きて居られないのか、果なき人世に露の如き命を貪つて、こんな醜態をも厭はない情なさ、何といふ卑き心であらう。
前の牛も我が引く牛も今は落ちついて靜に歩む。二つ目より西には
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