る。自分は猶一渡り奧の方まで一見しようと、洋燈に手を掛けたら、どうかした拍子に火は消えて終つた。跡は闇々黒々、身を動せば雜多な浮流物が體に觸れる許りである。それでも自分は手探ぐり足探ぐりに奧まで進み入つた。浮いてる物は胸にあたる顏にさはる。疊が浮いてる箪笥が浮いてる、夜具類も浮いてる。それ/\の用意も想像以外の水で悉く無駄に歸したのである。
自分は此全滅的荒廢の跡を見て何等悔恨の念も無く不思議と平然たるものであつた。自分の家といふ感じがなく自分の物といふ感じも無い。寧ろ自然の暴力が、如何にもきび/\と殘酷に、物を破り人を苦しめた事を痛快に感じた。やがて自分は路傍の人と別れる樣に、其荒廢の跡を見捨てゝ去つた。水を恐れて連夜眠れなかつた自分と、今の平氣な自分と、何の爲に然るかを考へもしなかつた。
家族の逃げて行つた二階は七疊許の一室であつた。其家の人々の外に他よりも四五人逃げて來て居つた。七疊の室に二十餘人、其間に幼いもの三人許りを寢せて終へば、他の人々は只膝と膝を突合せて坐し居るのである。
罪に觸れた者が捕縛を恐れて逃げ隱れしてる内は、一刻も精神の休まる時が無く、夜も安くは眠られな
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