でならない。私のいないあとでも決して気を悪くせず、おはまにはこれまでのとおり目をかけてやってください」
おとよはもうおはまを抱いて泣いてる。わが玉の緒の断えんばかり悲しい時に命の杖《つえ》とすがった事のあるおはまである。ほかの事ならばわが身の一部をさいても慰めてやらねばならないおはまだ。
おはまの悲しみのゆえんを知ったおとよの悲しみは小説書くものの筆にも書いてみようがない。
三人は再び汽車に乗る、省作は何かおはまにやりたいと思いついた。
「おとよさん、私は何かはまにやりたいが、何がよかろう」
「そうですねい……そうそう時計をおやんなさい」
「なるほど私は東京へゆけば時計はいらない、これは小形だから女の持つにもえい」
駅夫が千葉千葉と呼ぶ。二人は今さらにうろたえる。省作はきっとなって、
「二人はここで降りるんだ」
底本:「野菊の墓」集英社文庫、集英社
1991(平成3)年6月25日第1刷
2007(平成19)年3月25日第4刷
初出:「ホトトギス」
1908(明治41)年4月号
入力:林 幸雄
校正:川山隆
ファイル作成:
2008年10月19日作成
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