を煩《わずら》った時などには、母は不動尊に塩物断《しおものだ》ちの心願《しんがん》までして心配したのだ。ことに父なきあとの一人《ひとり》の母、それだから省作はもう母にかけてはばかに気が弱い。のみならず省作は天性あまり強く我《が》を張る質《たち》でない。今母にこう言いつめられると、それでは自分が少し無理かしらと思うような男であるのだ。
「おッ母さんに苦労ばかりさせて済まないです。なるほどわたしの我儘に違いないでしょう、けれどもおッ母さん、わたしの仕合せ不仕合せは、深田にいるいないに関係はないでしょう。あの家にいても、面白くなくいては、やっぱり不仕合せですからねイ。またよしあそこを出たにしろ、別に面白く暮す工夫《くふう》がつけば、仕合せは同じでありませんか。それでもあの家にいさえすればわたしの仕合せ、おッ母さんもそれで安心だと思うなら考えなおしてみてもえいけれど、もうこうなっちゃっては仕方がなかありませんか」
 母は少し省作を睨《にら》むように見て、
「別に面白く暮す工夫て、お前どんな工夫があるかえ。お前心得違いをしてはならないよ。深田にいさえすればどうもこうも心配はいらないじゃないか。厭
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