判《わか》らない人などの所へ二度とゆく気はありません。この上わたしが料簡《りょうけん》を換えて外へ縁づくなら、わたしのした事はみんな淫奔《いたずら》になります。わたしのためわたしのためと心配してくださる両親の意に背いては、誠《まこと》に済まない事と思いますけれど、こればかりは神様の計らいに任せて戴きたい、姉《ねえ》さんどうぞ堪忍《かんにん》してください、わたしの我儘《わがまま》には相違ないでしょうが、わたしはとうから覚悟をきめています。今さらどのような事があろうと脇目《わきめ》を振る気はないんですから」
お千代はわけもなくおとよのために泣いて、真からおとよに同情してしまった。その夜のうちにお千代は母に話し母は夫に話す。燃えるようなおとよのことばも、お千代の口から母に話す時は、大半熱はさめてる、さらに母の口から父に話す時は、全く冷静な説明になってる。
「なんだって……ここで嫁に出れば淫奔《いたずら》になるって……。ばかばかしい、てめいのしてる事が大の淫奔《いたずら》じゃねいか、親不孝者めが、そのままにしちゃおけねい」
とにかく明日の事という事でこの夜はおしまいになった。
八
朝飯になるというにおとよはまだ部屋《へや》を出ない。お千代が一人で働いて、家じゅうに御《ご》ぜんをたべさせた。学校へゆく二人《ふたり》の兄妹《きょうだい》に着物を着せる、座敷を一通り掃除《そうじ》する、そのうちに佐介は鍬《くわ》を肩にして田へ出てしまう。お千代はそっとおとよの部屋へはいって、
「おとよさん今日《きょう》はゆっくり休んでおいでなさい、蚕籠《こかご》は私がこれから洗いますから」
そういわれても、おとよはさすがに寝てもいられず部屋を出た。一晩のうちにも痩《や》せが目につくようである。父は奥座敷でぽんぽん煙草《たばこ》を吸って母と話をしている。おとよは気が引けるわけもないけれども、今日はまた何といわれるのかと思うと胸がどきまぎして朝飯につく気にもならない、手水《ちょうず》をつかい着物を着替えて、そのままお千代が蚕籠を洗ってる所へ行こうとすると、
「おとよ」
と呼ぶのは母であった。おとよは昨日とやや同じ位置に座につく。
「おはようございます」
とかすかに言って、両親のことばをまつ。わが親ながら顔見るのも怖《おそ》ろしく、俯向《うつむ》いているのである。罪人が取り調べを受ける時でも、これだけの苦痛はなかろうと思われる。おとよは胸で呼吸《いき》をしている。
「おとよ……お前の胸はお千代から聞いて、すっかり解《わか》った。親の許さぬ男と固い約束のあることも判《わか》った。お前の料簡《りょうけん》は充分に判ったけれど、よく聞けおとよ……ここにこうして並んでる二人《ふたり》は、お前を産んでお前を今日まで育てた親だぞ。お前の料簡にすると両親は子を育ててもその子の夫定《つまさだ》めには口出しができないと言うことになるが、そんな事は西洋にも天竺《てんじく》にもあんめい。そりゃ親だもの、かわい子《ご》の望みとあればできることなら望みを遂げさしてやりたい。こうしてお前を泣かせるのも決して親自身のためでなくみんなお前の行く末思うての事だ。えいか、親の考えだから必ずえいとは限らんが、親は年をとっていろいろ経験がある、お前は賢くても若い。それでわが子の思うようにばかりさせないのは、これも親として一つの義務だ。省作だって悪い男ではあんめい、悪い男ではあんめいけど、向うも出る人おまえも出る人、事が始めから無理だ。許すに許されない二人のないしょ事だ。いわば親の許さぬ淫奔《いたずら》というものでないか、えいか」
おとよはこの時はらはらと涙を膝《ひざ》の上に落とした。涙の顔を拭《ぬぐ》おうともせず、唇《くちびる》を固く結んで頭を下げている。母もかわいそうになって眼《め》は潤《うる》んでいる。
「省作の家《いえ》にしろ家《うち》にしろ、深田への手前秋葉への手前、お前たちの淫奔《いたずら》を許しては第一家の面目《めんぼく》が立たない。今度の斎藤に対しても実に面目もない事でないか。お前たち二人は好いた同士でそれでえいにしても、親兄弟の迷惑をどうする気か、おとよ、お前は二人さえよければ親兄弟などはどうでもえいと思うのか。できた事は仕方ないとしても、どうしてそれが改めてくれられない。省作への義理があろうけれど、それは人をもって話のしようはいくらもある。これまでは親兄弟に対してよく筋道の立ってたお前、このくらいの道理の聞き判《わか》らないお前ではなかったに、どうもおれには不思議でなんねい。おれはよんべちっとも寝なかった」
こう言って父も思い迫ったごとく眼に涙を浮かべた。母はとうから涙を拭《ぬぐ》うている。おとよはもとより苦痛に身をささえかねている。
「それもこれもお前が心
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