だれの目にも仕合せだと思うに、それをいわれもなく、両親の意に背くような、そんな我儘《わがまま》はさせられないよ」
「させられないたって、おッ母さんしようがないよ」
「佐介、ばかいいをするな、おまえなどまでもそんな事いうようだから、こんな事にもなるのだ」
「わが身の一大事だから少し考えさせてくださいと言うのを、なんでもかでもすぐ承知しろと言うのはちっとひどいでしょう」
「それでは佐介、きさまもとよを斎藤へやるのは不同意か」
「不同意ではありませんけれど、そんなに厭だと言うならと思うんです。おとよの肩を持って言うんじゃありません。おとッつさんのは言い出すとすぐ片意地になるから困る」
「なに……なにが片意地なもんか。とよのやつの厭だと言うにゃいわくがあるからだ、厭だとは言わせられないんだ」
「佐介、もうおよしよ、これでは相談にはなりゃしない。ねいおまえさん、お千代がよくあれの胸を聞くはずですから、この話は明日にしてください。湯がさめてしまった、佐介、茶にしろよ」
父はますますむずかしい顔をしている。なるほど平生《へいぜい》おれに片意地なところはある、あるけれども今度の事は自分に無理はない、されば家じゅう悦《よろこ》んで、滞りなく纏《まと》まる事と思いのほか、本人の不承知、佐介も乗り気にならぬという次第で父は劫《ごう》が煮えて仕方がない、知らず知らず片意地になりかけている。呆《あき》れっちまった、どうしてあんなにばかになったか、もう駄目《だめ》だ、断わってしまう、こう口には言っても、自分の思い立った事を、どんな場合にもすぐ諦《あきら》めてよすような人ではない。いろいろ理屈をひねくって根気よく初志を捨てないのがこの人の癖である、おとよはこれからつらくなる。
お千代はそれほど力になる話相手ではないが悪気《わるぎ》のない親切な女であるから、嫁《よめ》小姑《こじゅうと》の仲でも二人は仲よくしている。それでお千代は親切に真におとよに同情して、こうなって隠したではよくないから、包まず胸を明かせとおとよに言う。おとよもそうは思っていたのであるから、省作との関係も一切明かしたうえ、
「わたしは不仕合せに心に染まない夫を持って、言うに言われないよくよく厭《いや》な思いをしましたもの、懲りたのなんのって言うも愚かなことで……なんのために夫を持ちます、わたしは省作という人がないにしても、心の
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