日じゅうには確答してしまわねばならん。
 おとよ、なんとかもう少し考えようはないか。両親兄弟が同意でなんでお前に不為《ふため》を勧めるか。先度は親の不注意もあったと思えばこそ、ぜひ斎藤へはやりたいのだ。どこから見たって不足を言う点がないではないか、生若《なまわか》いものであると料簡の見留《みと》めもつきにくいが斎藤ならばもう安心なものだ。どうしても承知ができないか」
 父は沸《に》える腹をこらえ手を握って諭《さと》すのである。おとよは瞬《まばた》きもせず膝《ひざ》の手を見つめたまま黙っている。父はもう堪《たま》りかねた。
「いよいよ不承知なのだな。きさまの料簡は知れてるわ、すぐにきっぱりと言えないから、三日の間などとぬかすんだ。目の前で両親をたばかってやがる。それでなんだな、きさまは今でもあの省作の野郎と関係していやがるんだな。ウヌ生《いけ》ふざけて……親不孝ものめが、この上にも親の面に泥を塗るつもりか、ウヌよくも……」
 おとよは泣き伏す。父はこらえかねた憤怒の眼を光らしいきなり立ち上がった。母もあわてて立ってそれにすがりつく。
「お千代やお千代や……早くきてくれ」
 お千代も次の間から飛んできて父を抑《おさ》える。お千代はようやく父をなだめ、母はおとよを引き立てて別間へ連れこむ。この場の騒ぎはひとまず済んだが、話はこのまま済むべきではない。

      七

 おとよの父は平生《へいぜい》ことにおとよを愛し、おとよが一番よく自分の性質を受け継いだ子で、女ながら自分の話相手になるものはおとよのほかにないと信じ、兄の佐介《さすけ》よりはかえっておとよを頼もしく思っていたのである。おとよも父とはよく話が合い、これまでほとんど父の意に逆らった事はなかった。おとよに省作との噂《うわさ》が立った時など母は大いに心配したに係らず、父はおとよを信じ、とよに限って決して親に心配を掛けるような事はないと、人の噂にも頓着《とんじゃく》しなかった。はたして省作は深田の養子になり、おとよも何の事なく帰ってきたから、やっぱり人の悪口が多いのだと思うていたところ、この上もない良縁と思う今度の縁談につき、意外にもおとよが強固に剛情な態度を示し、それも省作との関係によると見てとった父は、自分の希望と自分の仕合せとが、根柢《こんてい》より破壊せられたごとく、落胆と憤懣《ふんまん》と慚愧《ざんき》
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