来た時に、自分の喜んだ様子ったら無かったそうである。それは後に母や姉から幾度も聞かせられた。
「ねえやは、ようツたアなア、ようツたアなア。ねえやはいままでどいってた……」
と繰返し云って、袖にすがられた時に、無口なお松は自分を抱きしめて、暫《しばら》くは顔を上げ得なかったそうである。それからお松は五ツにもなった自分を一日おぶって歩いて、何から何まで出来るだけの世話をすると、其頃もう随分ないたずら盛りな自分が、じいっとしてお松におぶされ、お松のするままになっていたそうである。
お松も家を出て来る時には、一晩泊るつもりで来たものの、来て見ての様子で見ると、此の上一晩泊ったら、愈《いよいよ》別れにくくなると気づいて、おそくも帰ろうとしたのだが、自分が少しもお松を離れないので、帰るしおが無かった。お松にはとても顔見合って別れることは出来ないところから、自分の気づかない間に逃げようとしたのだが、其機会を得られずに泊って終《しま》った。自分は夕飯をお松の膝《ひざ》に寄ってたべるのが嬉しかった事を覚えて居る。其夜は無論お松と一緒に寝た、お松が何か話をして聞かせた事を、其話は覚えて居ないが、面白か
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