草のまわりで蝶《ちょう》や蜻蛉《とんぼ》を追いまわしているようすだ。予は自分で奥の雨戸を繰りやって、あたりをかたづけた。姉もようやく一きまりをつけて奥へくる。例のとおり改まってばかていねいに挨拶《あいさつ》をする。そして茶をわかすからといって立った。
 蚊帳《かや》の釣り手は三|隅《すみ》だけはずして、一隅はそのままむちゃくちゃに片寄せてある。夜具も着物も襖《ふすま》の隅へ積み重ねたままである。朝起きたなりに、座敷の掃除もせぬらしい。昔からかかってる晴耕雨読《せいこううどく》の額も怪しく蜘蛛《くも》の巣が見える。床の間にはたたんだ六枚折りの屏風《びょうぶ》が立てかけてあって、ほかに何やかやごてごてと置いてある。みえも飾りもないありさまである。
 若夫婦は四、五年東京に出ているところへ、三年前に老母がなくなり、この一月また八十五歳の父が永眠した。姉夫婦はたしか六十に近いだろう、家のさびしくなったも無理はない。予はけっしていやな心持ちはせぬけれど、両親もずいぶん達者なほうだったし、姉夫婦は働き盛りで予らの家《うち》におったころには、この大きな家もどよむばかりであったのだ。それにくらべると今
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