いいようなくなつかしい。
堀形をした細長い田に、打ち渡した丸木橋を、車夫が子どもひとりずつ抱きかかえて渡してくれる。姉妹を先にして予は桑畑の中を通って珊瑚樹垣の下をくぐった。
家のまわりは秋ならなくに、落葉が散乱していて、見るからにさびしい。生垣《いけがき》の根にはひとむらの茗荷《みょうが》の力なくのびてる中に、茗荷|茸《だけ》の花が血の気少ない女の笑いに似て咲いてるのもいっそうさびしさをそえる。子どもらふたりの心に何のさびしさがあろう。かれらは父をさしおき先を争うて庭へまわった。なくなられたその日までも庭の掃除《そうじ》はしたという老父がいなくなってまだ十月《とつき》にもならないのに、もうこのとおり家のまわりが汚なくなったかしらなどと、考えながら、予も庭へまわる。
「まあ出しぬけに、どこかへでも来たのかい。まあどうしようか、すまないけど少し待って下さいよ。この桑をやってしまうから」
「いや別にどこへ来たというのでもないです。お祖父《じい》さんの墓参をかねて、九十九里《くじゅうくり》へいってみようと思って……」
「ああそうかい、なるほどそういえばだれかからそんな噂《うわさ》を聞い
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