れ家《うち》だろう。あたいおぼえてるよ」
「あたいだって知ってら、うれしいなァ」
 父の笑顔を見て満足した姉妹はやがてふたたび振り返りつつ、
「お父さん、あら稲の穂が出てるよ。お父さん早い稲だねィ」
「うん早稲《わせ》だからだよ」
「わせってなにお父さん」
「早稲というのは早く穂の出る稲のことです」
「あァちゃんおりてみようか」
「いけないよ、家へ行ってからでも見にこられるからあとにしなさい」
「ふたりで見にきようねィ、あァちゃん」
 姉妹はもとのとおりに二つの頭をそろえて向き直った。もう家《うち》へは二、三丁だ。背の高い珊瑚樹《さんごじゅ》の生垣《いけがき》の外は、桑畑が繁りきって、背戸の木戸口も見えないほどである。西手な畑には、とうもろこしの穂が立ち並びつつ、実《み》がかさなり合ってついている、南瓜《かぼちゃ》の蔓《つる》が畑の外まではい出し、とうもろこしにもはいついて花がさかんに咲いてる。三角形に畝《うね》をなした、十六角豆《ささげ》の手も高く、長い長いさやが千筋に垂れさがっている。家におった昔、何かにつけて遊んだ千菜畑《せんざいばたけ》は、雑然として昔ながらの夏のさまで、何とも
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