いいようなくなつかしい。
 堀形をした細長い田に、打ち渡した丸木橋を、車夫が子どもひとりずつ抱きかかえて渡してくれる。姉妹を先にして予は桑畑の中を通って珊瑚樹垣の下をくぐった。
 家のまわりは秋ならなくに、落葉が散乱していて、見るからにさびしい。生垣《いけがき》の根にはひとむらの茗荷《みょうが》の力なくのびてる中に、茗荷|茸《だけ》の花が血の気少ない女の笑いに似て咲いてるのもいっそうさびしさをそえる。子どもらふたりの心に何のさびしさがあろう。かれらは父をさしおき先を争うて庭へまわった。なくなられたその日までも庭の掃除《そうじ》はしたという老父がいなくなってまだ十月《とつき》にもならないのに、もうこのとおり家のまわりが汚なくなったかしらなどと、考えながら、予も庭へまわる。

「まあ出しぬけに、どこかへでも来たのかい。まあどうしようか、すまないけど少し待って下さいよ。この桑をやってしまうから」
「いや別にどこへ来たというのでもないです。お祖父《じい》さんの墓参をかねて、九十九里《くじゅうくり》へいってみようと思って……」
「ああそうかい、なるほどそういえばだれかからそんな噂《うわさ》を聞いたっけ」
 手拭を頭に巻きつけ筒袖姿《つつそですがた》の、顔はしわだらけに手もやせ細ってる姉は、無い力を出して、ざくりざくり桑を大切《おおぎ》りに切ってる。薄暗い[#「薄暗い」は底本では「簿暗い」]蚕棚《かいこだな》の側で、なつかしい人なだけあわれはわけても深い。表半分雨戸をしめ家の中は乱雑、座を占める席もないほどである。
「秋蚕《あきご》ですか、たくさん飼ったんですか」
「あァに少しばかりさ。こんなに年をとっててよせばよかったに、隣でも向こうでもやるというもんだから、つい欲が出てね。あたってみたところがいくらにもなりゃしないが、それでもいくらか楽しみになるから……」
「なァにできるならやるがえいさ。じっとしていたんじゃ、だいいち体《からだ》のためにもよくないから」
「そんなつもりでやるにやっても、あんまり骨が折れるとばかばかしくてねィ。せっかく来てくれてもこのさまではねィ、妾《わたし》ゃまた盆にくるだろうと思ってました」
「百姓家《ひゃくしょうや》だものこのさまでけっこうですよ。何も心配することはありゃしないさ」
「そりゃそうだけれどねィ」
 姉妹はいつの間に庭へ降りたか、千日草浦島
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