をとっている。時の移るも知らずに興じつつ波に追われたり波を追ったりして、各小袋に蛤は満ちた。よろこび勇んで四人はとある漁船のかげに一休みしたのであるが、思わぬ空の変わりようにてにわかに雨となった。四人は蝙蝠傘《こうもり》二本をよすがに船底に小さくなってしばらく雨やどりをする。
ふたりの子どもを間にして予とお光さんはどうしても他人とはみえぬまで接近した。さすがにお光さんは平気でいられない風情《ふぜい》である。予はことさらに空を眺めて困った雨ですなアなど平気をよそおう。
「あなたはほんとにおしあわせです」
お光さんはまず口を切った。
「なにしあわせなことがあるもんですか、五人も六人も子どもがあってみなさい、どうにもこうにも動きのとれるもんじゃないです。私はあなたは子がなくてしあわせだと思ってます」
予は打ち消そうとこういってみたけれど、お光さんの境遇《きょうぐう》に同情せぬことはできない。お光さんはじっとふたりの子どもを見つめるようすであったが、
「私は子どもさえあれば何がなくてもよいと思います。それゃ男の方《かた》は子がないとて平気でいられましょうけれど、女はそうはゆきませんよ」
「あなたはそんなことでいまだに気もみをしているのですか。河村さんはあんな結構人《けっこうにん》ですもの、心配することはないじゃありませんか」
「あなたのご承知のとおりで、里へ帰ってもだれとて相談相手になる人はなし、母に話したところで、ただ年寄りに心配させるばかりだし、あなたがおいでになったからこのごろ少し家にいますが、つねは一晩でも早くやすむようなことはないのですよ。親類の人は妾でも置いたらなどいうくらいでしょう。一日とて安心して日を暮らす日はありませんもの。こんなに不安心にやせるような思いでいるならば、いっそひとりになったほうがと思いますの。東京では女ひとりの所帯はたいへん気安いとかいいますから……」
予は突然打ち消して、
「とんでもないことです。そりゃ東京では針仕事のできる人なら身一つを過ごすくらいはまことに気安いには相違ないですが、あなたは身分ということを考えねばなりますまい。それにそんな考えを起こすのは、いよいよいけないという最後のときの覚悟です。今おうちではああしてご無事で、そうして河村さんもちゃんとしているのに、女としてあなたから先にそんな料簡《りょうけん》を起こすのはも
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