みのつかないほど極度の不安を感ずるのだ。
 それが君、年のまだ若い夫婦ふたりの時代であるならば、よし家を覆滅させたところで、再興のくふうに窮するようなこともないから、不安の感じもそれほど深刻ではないが、夫婦ふたりの四ツの手に八人の子どもをかかえているという境遇であってみると、その深刻な感じがさらにどれだけ深刻であるか。君たちにもたいていは想像がつくだろう。
 七ツ八ツくらいまでは子どももほんの子どもだ。まだ親の苦労などはわからなく、毎日曇りのない元気な顔に嬉々《きき》と遊戯にふけっているが、それらの姉どもはもう親の不安を心得きっている。親の心ではなるたけ子どもらには苦労もさせたくないから、できる限り知らさないようにしてはいるものの、不意にくる掛取りのいいわけを隠してすることもできないから、実は隠そうとしても隠しきれない。親の顔色を見て、口にそうとは言わなくともさえない顔色して自然元気がない。子どもながら両親の顔色や話しぶりに、目を泣き耳を立てるというふうであるのだ。
 こうなると君、人間というやつはばかに臆病になるものだよ、何ごとにもおじ気がついて、埓《らち》もなくびくびくするのだ。

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