さっそくということで評価にかかった。一時四十分ばかりで評価がすむとまったく夜になった。警官連はひとりに一張《ひとはり》ずつことごとく提灯《ちょうちん》を持って立った。消毒の人夫は、飼料の残品から、その他牛舎にある器物のいっさいを運び出し、三カ所に分かって火をかけた。盛んに石油をそそいでかき立てる。一面にはその明りで屠殺にかかろうというのである。
 牧夫は酒を飲んだ勢いでなければ、とても手伝っていられないという。主人はやむを得ず酒はもちろん幾分の骨折りもやるということで、ようやく牧夫を得心さした。警官は夜がふけるから早く始めろとどなる。屠手《としゅ》は屠獣所から雇うてきたのである。撲殺には何の用意もいらない。屠手が小さな斧《おの》に似た鉄鎚《てっつい》をかまえて立っているところへ、牧夫が牛を引いて行くのである。[#「行くのである。」は底本では「行くのである。。」]
 最初に引き出したのは赤毛の肥《ふと》った牝牛《めうし》であった。相当の位置までくると、シャツにチョッキ姿の屠手は、きわめて熟練したもので、どすと音がしたかと思うと、牝牛は荒れるようすもなく、わずかに頭を振るかとみるまに両膝《
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