からは、少くもひとりについてひとりずつ、夫婦ふたりでふたりの後継者を作るべき責務として、国家は子のない者から、税金を取るべきだ。そうして余分に子を育てる人を保護するのが当然だ。僕らは実に第二の社会に対しては大恩人だ。妻の両親も健康で長命だ。僕の両親も健康で長命だった。夫婦ともに不潔病などは親の代からおぼえがない。健全|無垢《むく》な社会の後継者を八人も育てつつある僕らに対して、社会が何らの敬意も払わぬとは不都合だ。しかしまた、たとえ社会が僕らに対して何らの敬意を払わないにしても、事実において多くの社会後継者を養いつつあるのだから、ずいぶんいばってもよいだろう……。
そんな調子に前夜は空《から》気炎をはいておおいに来客をへこませ、すこぶる元気よく寝についた僕も、けさは思いがけない「またへんですよ」の一言に血液のあたたかみもにわかに消えたような心地《ここち》になってしまった。例のごとく楊枝《ようじ》を使って頭を洗うたのも夢心地であった。
門前に立ってみると、北東風がうす寒く、すぐにも降ってきそうな空|際《ぎわ》だ。日清紡績の大煙突《だいえんとつ》からは、いまさらのごとくみなぎり出した黒
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