であろうと思うのである。
 むろん僕の心をもってしては、君の心裏がまたどうしてもわからぬのだ。君はいつかの手紙で、「わかるもわからぬもない。僕の心は明々白々で隠れたところはない」などというておったが、僕のわからぬというのは、そういうことではない。余事はともかく、第一に君は二年も三年も妻子に離れておって平気なことである。そういえば君は、「何が平気なもんか、万里《ばんり》異境にある旅情のさびしさは君にはわからぬ」などいうだろうけれど、僕から見ればよくよくやむを得ぬという事情があるでもなく、二年も三年も妻子を郷国に置いて海外に悠遊《ゆうゆう》し、旅情のさびしみなどはむしろ一種の興味としてもてあそんでいるのだ。それは何の苦もなくいわば余分の収入として得たるものとはいえ、万という金を惜しげもなく散じて、僕らでいうと妻子と十日の間もあい離れているのはひじょうな苦痛である独居のさびしみを、何の苦もないありさまに振舞《ふるも》うている。そういう君の心理が僕のこころでどうしても考え得られないのだ。しからば君は天性冷淡な人かとみれば、またけっしてそうでないことを僕は知っている。君は先年長男子を失うたときに
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