めきつつ岩にしがみついて仕止めるまで、或は糸を切られて逸してしまった拍子ぬけの気持等、到底筆紙には尽し難いものがある。こうして一日波浪のピアノの音、天空と海の広い襞の中に遊んでいると、頭も身体も生気に満ちて、実際に生きている喜悦と歓喜に戦くようなことがある。
殊に二日、三日となると、磯に馴れ、石ころと岩の道も苦にならなくなって、原始人のような感覚になってくる、魚のあたり、その日の調子というものが解ってくる、海にも二三度落ちる、脛も怪我する、潮と風の工合もよく解ってくるとなると、自分というものが、いつの間にかその大きい自然の原理と一つになって生きていることを知る、そして殺伐な気分というものも常識になって、新鮮無類な魚族の七色の光に眩惑されるようになり、野人のような食欲さえ湧いてくるのである。それは少しく誇張であるとしても、この忙しい世界にいて、こうして釣っていられるのだけでも有難く、こよなき法悦がやって来るのである。
友人とゆくなら二人で、もし妻君を伴えば岩蔭に待たして、釣った魚を焼いて食事するとか、いろいろの方法もある。更に疲れたら岩に眠る、川では風邪を引くが、海では絶対といってい
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