一歩の差である。そして陸への郷愁といったものに憑れ、淋しい漁村や、遠くの空が、妙にかなしく懐しくさえ思われてくる。
波静かな日、小舟を出して、そういう荒磯の底を覗くと、魚の生態というものがよく解る。私は小笠原の母島から父島へかけて、三週間ばかり磯釣をした時に、透明度の高い海底をよく覗いて、三十二種の珍らしい魚を釣ったが、珊瑚礁に附いている魚は、実に静かで、まるで水中の牧場のようである。紫の魚、青と紅の魚、縞のあるもの、褐色のもの、青黒きもの、凡て三寸のものから、一尺もあるものは、多く同じ形態と仲間と伍して遊戈し、往ったり来たりしていた。それが一尺以上の魚になると単独で、悠々とやって来たり、又矢のようにどこかへ突進してゆく。こうして荒磯の魚の生態を上から覗いていると、天然の水族館のようで興味はあるが、いざ釣となると、魚はその本性に還って、より競争的に餌を求める。釣友大久保鯛生君は八丈島から伊豆の荒磯に潜水し、よく魚の習性を研究しているが、特にクロダイの鋭敏な生態は、殆ど神秘以上だといっている。そうなると都会の一室でホルマリン漬の魚を解剖しているだけでは、釣れる魚の生存形態なぞは本当に解
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