透らんばかりにあちこちと隱れてゆく
大きい春といふ神話の魔法使の影を。

  過ぎし日

うつくしかつた情熱の煙ともわかれ
もつともわびしい田舍へやつて來たものにとつて
四月のうすい春蘭やまつ白な木の花の
ざわざわとして吹きすさぶ色にふれるとき
さらにさらにあざやかな淋しさが
夕暮の匂ひとともにしんめりと身にながれる
いかなれば今さらに自然界の春の
こんなにもすがすがしくはれやかなるぞ
その眼その身にも似る事なく
日日に遠のく美しいいろいろの思ひを
いきいきととびちらしてしまつて。

  二重の惑はし

ひそやかに色の濃い四月の夕ぐれの
どこともなくうすけむりにつつまれた地球のうつくしさ
もうろうと立ちどまつて獨り眺めてゐると
眼に見ゆるものすべてが情熱に映り映え
憂はしくもものによりそひて
しめやかなる粧ひをつくした女のやうに
あやしげに燃ゆるふしぎな姿もかんじられ
その奧の方にかくれてゆくほんのりした夕映を
うつとりしながら戀ひしたふ。

  匂ひと響き

藪とすももの花のあらしのなかから
いひ知れぬうすい感じと影がとびちり
曇つてゐる村村と僕をあをあをと塗りつけ
ごくひそやかな響
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