してくれたおまへを歌ひ
海の扇をひらき、ひらき
清らかな胸のシンバルを叩きながら
さあ、お互ひが一つの新航路へ
いきいきとして漕ぎ出よう、漕ぎ出よう。

  幽艶

女よ、女よ
林中の
陰ふかいすずやかな部屋に灯がともり
おそき月木の間にさしいでて
影をまとひ、色をまとひ
愁ひつつ或は喜び、灯にうつり、影に入り
秋の匂やかな二つの眼をぢつとそそいで
夜に塗られた銀と藍との衣裳を引きゆたね
小さい扇のやうな盃をあげしほの明るかつた時は
曉色なすいつの夏の夜であつたらうか。

ひそかに、ひそかに、女よ、思ひ出て見よ
枝はさつさと風をはらひ、水は月影をふくみ、ふくみ
もうろうと煙の如く醉へば
涼やかなる幽情は灯を消し、月をさへぎり
ほの青き霧の風景を部屋にしづめて
雨の匂ひを感じ、美しき夜氣を點じ
うす紅色の頬に朝のくるまで
その黒髮のふかいものの氣を竹林のやうに
あの木の間の月に洗ひ清めた時は
いかに微かな幽玄なる時代であつたらうか。

  四月の人人

あつい四月の朝の山のなかを
まつ赤になつてせつせとあるきながら
僕は一生懸命に花をつけてゐる名も知らぬ木の花を
おまへの手がもちきれぬほ
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