しかし思はぬ木の間に月が出たときは
この村村の天然の釣ランプを
しづかに眺めるにとどめよう
田舍の月はひつそりとして
淋しい人は月の祭を好ましく思ひ
古い昔の世界に遊び
幽情をつくして端坐してゐよう
わたしはそこここと歩きながら
頭に幻をもてる人人にのみ
この清らかな光線の帽子をあづけよう。

  鮮かなる月の夕

わたしは外へ出る
昔の人たちがしたやうに
秋の夕の匂やかな靜まりにたへかねて
水に沈める花洋燈のやうな
ほのあかるい戸外から
木木のほとりにつづく田舍路へ、きよらかな竹原へ
幽かな月の色をゆるゆると愛して
透明な精神のシグナルのやうに
水の娘たちをほのかに思ひ
寂びつくした地球上の家家をはなれて
ほんのりした空中へ
氣病みに影つた私自身を靜かに吹かせようと。

  斷想

僕は感じまい、別れてしまつたといふ事を
いつ逢はれるかしれもしないし
だんだん變つてゆくあらゆる美と精神を
もう斷じて感じまい、思ふまい
匂やかな風のまま何の木とも知れないなかに
ひとり身をひそめて非情な水つぽいものとなり
いつもかはらぬ色やかな村村の春を感じて
決して街のありさまも
あのうす青い思ひの
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