宵の晴れた
ほんのりした空中の窓は開いてゐるよ。
月
半圓形の天のほとりを
點《とも》り、ともり
月が私たちの頭上に
きれいな光線の航路を描くまへに
船長は月の齡を眺めようし
漁夫は月光と汐の時計を感じ
街道の漂流人は自然のランプを點すであらう
さあ、人人よ、月の前に出よう
われわれの日の光は萬人の火であるが
月は精靈を伴とするものの
ひつそりした燈明臺ではないか
月が大きく照りわたる晩ほど涙ぐましく
われわれの町や荒磯は
華やかな影の繪模樣となる時に
船長よ、漁夫よ、漂流人よ
われわれは自らの生涯を空中に高めて
幽かで、清涼なる光線の盃をあげ
われわれの靜かな影を愛さうではないか。
月
村村の子供ら
みんなして靜かに月の前にたつたとき
小さい田舍の洗ひ場は
月の幻燈會の入口だと思ふがよい
色を帶びてゐる若い月が
太平洋をはなれると
白鷺や千鳥が青い隱れ家を與へられ
漁夫は水と空との
二重の燈明世界へはひつてゆくし
あんなにも清らかに帆裝した
光線の船が此方へやつてくるよ。
月
月が娘らのやうに
あかるい海邊で化粧してゐるときは
わたしも喜んで感覺の扇をひらかう
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