やかなる月影がともり、燈がともり
岩と古い家家のある木の間に
老い朽ちる松島の影をはなち、濤をゆるめる
古雅な港がひつそりとして
北部日本の夜の繪を旅人の眉に懸げようと。
月
はじめてこの藪と水との細路で
あの月影を發見した人は
どんなに深い情怨をおびて
はじめて月の光にうたれた娘たちを恐れたであらう
月はその半顏――片面しか見せもせず
何年も怒りつづけてゐる戀人のやうに
その光りは油も熱も煙もなく
かの女を見るものはおのづから發光して
死の色をした透明な愁ひをあび
それにふれたものはいつの間にか
うす紫の青い世界の者となり
つめたい光線の花束で
空間にしばりからげられてゐる
靜かな自然の女王の屍と
つれ立つて歩くやうになるではないか。
月
ほんのりした空中の窓よ
あざやかな時間の運轉者が
せつせと月を洗ひ清めてゐるよ
旅行者よ、農夫よ、航海者よ
その頭の中に燈火をつけよ
日光をもたない囚人もぬす人も
いそいで美しい影の松火をともすがよい
月は自然の幽靈であるから
一つの眼のうちにこもつた幽情を
地上へ映しながら光と陰の文字をかくよ
きよらかな、清らかな
寂寥と光明の今
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