神よ。

  懷古

カーキいろの山脈の皺に夕映が滴り
空氣いろのつよい反映が加はつて
爽涼たる景觀の線を發してゐるのを見ては
どうして旅行者自身の精神を
鎭靜な香爐のやうに思念せずにはゐられよう
あの寛濶で古雅なひろがり!
未來への探照燈めいたうすら明り
そこに重重しくも老いたる地球の
時間の幕と波濤を重ね、かさね
青黒き深林帶へまで、又は谿の陰影へまで
ほがらかなる夕映から夜の色を塗りかへようとしてゐるのを
こんなにも寂默として見送り、見送り
自身が自然への雲翳として存在しては。
[#地から1字上げ](藏王山にて)

  爽怨

僕のさがす紅石楠の花は見つからない
雪にあをあをとかがやいてゐる嶽の突角にも
ほのかな原林の枝や神經質に白い幹の間にも
又青と闇とが光線の瀧をあびてゐる谿間の崖にも
自然に生えてゐるといふ鮮紅色の花は見つからない
僕はなんとも知れない爽かな怨みにもえる
まるで青青として情のふかい神話の妃が
その頬を染める顏料が見つからずに
うつうつと靜かな狂氣に氣がもつれてゆくやうに
僕はひとり岩の宮殿のならぶ
藏王山の影と陰との深みへ下りる。
[#地から1字上げ](刈田
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