友よ
ではもうここらでお別れしよう
これから先は寂しい何もない處で
雜木林か畑のなかに
うす紫のほんのりした花が
何の氣もなく咲いてゐるばかりで
味もそつけもない、あたらしいいつもの風が
氣も弱さうに、はらはら吹いて
季節すぎの日の色が滴るばかり。

  幽閑

女達があちこちで
水のほとりの木の間や葉莖の影にひたつて
青い豆の莢をもいだりこぼしたりする時
品のよいまつ白な鷺の群れが
わびしげなる松の山邊をとぶとき
しめりふかい村村の大きい眺めにひたり
私はうすい煙草の煙りを
ほう/\とそこらの木陰にこめながら
用もない午後の照る日をさけて
一つの思ひを風にちらし、水にうつし
はるかなる星座をわたつてくる
明星色の新鮮なかがやきを
口笛にうつして靜かにあゆむ。

  明星

清雅な樅の立木の
すんなりした枝の上にあらはるる明星を
ひとり眺め、眺めては身に感じ
幽寂な色の夕ぐれをしたしまう、いそしまう
あかるいあのほんのりした光をあび
影を愛し、音色《ねいろ》を思ひ
月影色の誰かが、藍色の扇をひらき
遠い私をひそかに眺めてゐてくれるやうにと
その光の扇のさやかなる風に
身をふれよう、氣を
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