ることにあった。じっさい洞窟内《どうくつない》のもっともなやみとするところは、夜間の燈火が不十分なことである。
全員十五名、場所はすでにいくどもゆきなれた、サクラ湾である、路程《ろてい》は遠からず、危険のおそれがないので、年少組までのこらずつれてゆくことにした。ひさしぶりの遠征に、年少連は夜が明けるのも待ちかねて、小いぬのようにとんだり、走ったり、海ひょう狩りの壮快な気分にようていた。
夜はほのぼのと明けて、太陽の光が東の天に金蛇《きんだ》を走らしたころに、一同は身軽に旅装《りょそう》をととのえた。バクスターが苦心してつくった車に、ガーネットとサービスが、かいならした二頭のラマをつけ、車の上には硝薬《しょうやく》、食料、鉄の大なべ、数個のあきだるをのせ、勇みに勇んで左門洞を出た。
風あたたかに空は晴れて、洋々たる春の平野を少年連盟はしゅくしゅくとしてねってゆく。とちゅうでドールとコスターはつかれて歩けなくなったので、富士男はゴルドンに相談して、ふたりを車の上に乗せた。一行が沼のほとりをたどってゆくと、とつぜん一個の巨獣《きょじゅう》が、がさがさと音をたてて、灌木林《かんぼくばやし》のなかへ身をひそめた。
「なんだろう」
一同は立ちどまった。
「かばだ」
とゴルドンがいった。
「昼寝《ひるね》をじゃましてすまなかった」
と富士男はいった。
サクラ湾についたのは十時ごろである。河畔《かはん》の木陰にテントを張ってはるかに浜辺をみわたせば、水波びょうびょうとして天に接し、眼界の及ぶかぎり一片の帆影《ほかげ》も見えぬ、遠い波は青螺《せいら》のごとくおだやかに、近い波はしずかな風におくられて、ところどころに突出した岩礁《がんしょう》におどりあがりまいあがり、さらさらとひいてはまたぞろぞろとたわむれている。
その岩礁の上に! 見よ! 幾百とも知れぬ海ひょうが、うららかな春の日に腹をほして、あおむけに寝ころんだり、たがいにだきあってはころげおちたり、追いかけごっこをしてはかみあったり、なにかにおどろいたように首をあげては走って、波にとびこんだりしている。
一同はかれらをおどろかさぬように、木陰にかくれて昼飯をすまし、それから思い思いの身支度《みじたく》にとりかかった。
年少組の善金《ゼンキン》、伊孫《イーソン》、次郎、ドール、コスターは、モコウとともに、テントのなかにとどめおくことにした。その他はめいめい猟銃《りょうじゅう》をさげて、堤《つつみ》のかげをつとうて河口へおり、浜辺の岩のあいだを腹ばいになってすすんだ。
生まれて一度も人間のすがたを見たこともなく、よしんば人間を見ても、いまだ一度も他から危害《きがい》をくわえられたことのない海ひょうどもは、かかるべしとは夢にも知らず、いぜんとしてばらばら、ぞろぞろ、組んずほぐれつ遊びたわむれている。
一同はしあわせよしと喜びながら、たがいに十|間《けん》くらいずつの間隔《かんかく》をとって、一列にならび、海ひょうの群れを陸のほうに見て、海のほうへ一文字に横陣《よこじん》をすえて海ひょうの逃げ路をふさいだ。
「用意!」とゴルドンは手をもってあいずをした。
「うて!」
九ちょうの猟銃《りょうじゅう》は一度に鳴った。距離《きょり》は近し、まとは大きい、一つとしてむだの弾《たま》はなかった。ぼッぼッぼッと白い煙がたって風に流れた。海ひょうはびっくりぎょうてんして上を下へとろうばいした、ただ見る一|塊《かい》のまどいがばらばらととけて四方にちり、あるものは海へとびこみ、あるものは岩にかくれ、あるものは逃げ場を失って、岩の上をくるくるまいまわった。
煙がぼッぼッぼッととぶ、銃声は青天にひびいて海波にこだまする。
もうもうたる白煙のもと! 泡だつ波のあいだに見る見る海ひょうしのしかばねが横たわった。
「そらゆけ!」
一同は思い思いに海ひょうをとらえた。
「ステキに大きなやつがいる」
とひとりは脚《あし》をとってさかさにつるして見せる。
「いや、それよりも大きなのがここにもある」
とひとりがいう。
歓喜《かんき》の声! 三十余頭の海ひょうを、九人の少年がえいえい声をあわして運んで来たとき、年少組はおどりあがってかっさいした。
「毛皮の外套《がいとう》が着られるね」
とコスターはいった。
「ぼくは帽子にする」
とドールがいった。
「ぼくはさるまたにする」
と善金《ゼンキン》がいう。
「毛皮のさるまたをしてるものは雷《かみなり》さまだけだよ」
と伊孫《イーソン》がいう。
「雷さまのさるまたはとらの皮だ」
「海ひょうのさるまたはモダーンの雷だ」
一同は腹をかかえて笑った。このあいだにモコウは、二つの大きな石をならべてかまどをつくり、それに大なべをかけて湯をわかすと、ゴルドンらは海ひょうの皮をはいでその肉を六七百匁ほどの大きさに切り、どしどしなべにほうりこんだ。
「やあやあ、くさいくさい」
年少組は鼻をつまんで逃げだした。
「しんぼうしたまえよ」
やがてあわだつ湯玉《ゆだま》の表面に、ギラギラと油が浮いてきた。
「さあさあくみだせくみだせ」
一同は肉をなべにほうりこんでは、ひしゃくをもって油をたるにくみだした。それは一分一秒も休息するまがないほどの、いそがしさであった。三十頭の海ひょうを煮《に》て、数百ガロンの油をとりおわったときに、春の日もようやく西にかたむいて、天《そら》には朱《しゅ》のごとき夕焼けの色がひろがりだした。それはあすの快晴を予報するものであった。
徳と才
千八百六十一年の新年がきた。南方の一月は夏のさなかである。指おり数うれば少年らが国を去ってからはや十ヵ月がすぎた。故郷へ帰りたさは胸いっぱいであるが、救いの船が来なければ帰るべきすべもない。
またしても第二の冬ごもりの準備をせねばならなくなった、だがかれらはもう十分に経験をなめたので、すべての仕事はぬけめなく運んだ。まず家畜小舎《かちくごや》を洞《ほら》の近くへうつす計画をたて、バクスター、富士男、サービス、モコウがその工事をひきうけた。一方において、ドノバンとその一党たるイルコック、ウエップ、グロースの三人は、毎日|猟銃《りょうじゅう》をかついでは外へ出て、小鳥をとって帰った。
ある日富士男はゴルドンとともに森のなかを散歩した。小高き丘にのぼると自分らの洞窟《どうくつ》が一目に見える。岩と岩のあいだ、こんもりとしげった林、川の方へひろがる青草の路、そのあいだに点々としてあるいは魚を網《あみ》し、あるいは草をかり、あるいは家畜にえをやり、あるいは木材を運ぶ同士のすがたが画《え》のごとく展開する。
「ああかわいそうだなあ」
富士男の眼には涙がかがやいていた。
「なにが?」
「ぼくらは年長者だから自分の運命に対してあきらめもつく、また気長く救いを待つ忍耐力《にんたいりょく》もある、だがあのちいさい子たちは、家にいると両親のひざにもたれる年ごろだ。この絶海《ぜっかい》の孤島《ことう》に絶望《ぜつぼう》の十ヵ月をけみして、しかもただの一度も悲しそうな顔もせず、一生けんめいに心をあわして働いてくれる。それはぼくらを信ずればこそだ。かれらは一身をぼくらの手にまかしているのだ。それにぼくらはかれらを救う道具を見いだしえない。じつに情けないことだ。ぼくらは自分の責任に対してまったくすまないと思う」
「いかにもそうだ」とゴルドンも嘆息《たんそく》して、「しかしそれはぼくらの力でどうすることもできないことだ、しずかに運命を待とうじゃないか、きみの憂欝《ゆううつ》な顔をかれらに見せてくれるなよ、かれらはきみをなにより信頼してるんだから」
「それについてぼくはきみに相談がある。ぼくらはこの土地を絶海の孤島と認定してしまったが、まだぼくらの探検しつくさない方面がある、それは東の方だ、ぼくは念のために東方を探検したいと思うがどうだろう、あるいは東のほうに陸地の影を見いだすかもしれぬからな」
「きみがそういうならぼくも異議《いぎ》はないよ。五、六人の探検隊を組織《そしき》していってくれたまえ」
「いや、五、六人は多すぎる。ぼくはボートでもって平和湖を横ぎろうと思うのだ、ボートはふたりでたくさんだ、おおぜいでゆくとボートがせますぎるから」
「それは妙案《みょうあん》だ、きみはだれをつれてゆくつもりか」
「モコウだ、かれはボートをこぐことが名人だ、地図で見ると六、七マイルのむこうに一|条《じょう》の川がある。この川は東の海にそそぐことになっている」
「よし、それじゃそうしたまえ、だがふたりきりでは不便《ふべん》だからいまひとりぐらい増したらどうか」
「けっこう、じゃぼくの弟次郎をつれてゆきたい」
「次郎君か? あんまりちいさいから、かえってじゃまになりゃせんか」
「いや、ぼくには別に考えがある。次郎は国を出てから急に沈鬱《ちんうつ》になって、しじゅうなにか考えこんでいるのはどうもへんだと思う、このばあいぼくはかれにそのことをたずねてみたいと思う」
「次郎君のことはぼくも気にかかっていた、きみがそうしてくれれば非常につごうがよい」
その日の夕飯時に、ゴルドンは富士男、モコウ、次郎を遠征に派遣《はけん》するむねを一同に語った。一同はことごとく賛成したが、ひとりドノバンは不服《ふふく》をいいだした。
「それではこの遠征は、少年連盟の公用のためでなく、富士男君の私用のためなのかね」
「そんな誤解《ごかい》をしちゃいかんよ、たった三人で遠征にでかけるのは、ひっきょう一同のために東方に陸地があるやいなやを探検のためじゃないか、きみは富士男君に対してそんな誤解《ごかい》をするのは紳士《しんし》としてはずべきことだよ」
ゴルドンはすこしくことばをあらげてドノバンを責めた。ドノバンはだまって室を出ていった。
翌日富士男はモコウと次郎をつれてボートに乗り、一同にしばしの別れを告げた。
いま富士男がしるした日記の一節を左に紹介《しょうかい》する。
二月四日[#「二月四日」に白丸傍点] 朝八時ぼくは次郎とモコウをしたがえて一同に別れを告げた。ニュージーランド川より平和湖へこぎだすに、この日天気|晴朗《せいろう》、南西の風そよそよと吹いてボートの走ること矢のごとし。
ふりかえって見ると湖のほとりに立っている諸友の影はだんだん小さくなり、棒《ぼう》の先に帽子をのせてふっているのはゴルドンらしい、大きな声でさけんでいるのはサービスだろうか。それすらもう水煙|微茫《びぼう》の間に見えなくなって、オークランド岡のいただきも地平線の下にしずんでしまった。
十時前後から風ようやく小やみになって、正午には風まったくなくなった。帆をおろして三人は昼食を食べた。それからモコウとぼくがオールをとり、次郎にかじをとらして、さらに北東にこいでゆくと、四時になってはじめて東岸の森が低く水上に浮かびでるのを見た。
湖の面《おもて》はガラスのごとくたいらかで、水はなんともいえぬほどすんでいる。十五、六尺下にしげっている水底の植物と、これらの植物のあいだを群れゆく無数の魚は手にとるごとく見える。
午後六時にボートは東岸の丘についた、そこはちょうど川口になっているので、山田先生の地図にある川はこれだとわかった。ぼくはこれに名をつけた。
「東川」
この夜はボートを岸につないで三人は露宿《ろじゅく》した。
五日[#「五日」に白丸傍点] 朝六時に起きふたたびボートにあがりただちに川にこぎいれた。ちょうど退《ひ》き潮《しお》のときだからボートはおもしろいように流れをくだって、モコウがひとりオールをもって両岸の岩につきあたらないようにするだけであった。
ぼくはともにすわって両岸をながめゆくに、つつみの上には一面に樹木が密生し、そのなかにまつとかしわがもっとも多かった。これらの樹木のなかにその枝あたかもかさのごとく四方にひろがり、ていていとしてひいでたる樹を発見した。その枝には長さ四、五寸の円すい形の実がぶらりぶらりたれてある。ぼくはゴ
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