「こしがぬけた」
一同は笑いながらサービスをたすけおこした。サービスのからだには、なんの異状《いじょう》もなかった。
「だから早く食えばよかった」
とモコウがいった。
いよいよ第二の探検《たんけん》を挙行《きょこう》することになった、第一のときには主として富士男が指揮者《しきしゃ》となったが、こんどは富士男がるす役をして、ゴルドン、ドノバン、バクスター、イルコック、ウエップ、グロース、サービスの七人がゆくことにきめた。
十一月の五日、めいめいこしに短銃《たんじゅう》をさげ、ゴルドン、ドノバン、イルコックの三人は、さらに鳥打ち銃《じゅう》をかたにかけた。一同は火薬を倹約《けんやく》するために、山田先生の遺物《いぶつ》たる飛び弾《だま》を、おもに用うることにした、飛び弾というのは、一すじの縄《なわ》に二つの石をしばりつけ、これを走獣《そうじゅう》に投げつけて、からだや足にからみつける猟具《りょうぐ》である。
時は春である、草は緑に、林のなかには名も知らぬ花が咲きみだれている。一同は富士男らの見送りをうけてだちょうの森を左にして、湖《みずうみ》にそうて北へ北へとすすみ、その日は左門洞《さもんどう》をさる十二マイルの河畔《かはん》で一|泊《ぱく》した。一同はこの河を一泊河《いっぱくがわ》と名づけた。
翌朝もぶじにすぎて、砂丘《さきゅう》の下で一泊した、三日目の朝に、一同はこれより北は砂漠《さばく》であることをたしかめたので、ふたたび一泊河へひきかえし、南の岸にわたった、そこでドノバンは重さ三|貫《がん》五六百|匁《もんめ》の野がんをとった。サービスがこれを料理したが、七人では食いきれないので、残りをフハンにやった。
一同はそこから西へ西へとすすんだ。このへんの森はだちょうの森のように稠密《ちゅうみつ》ではないが、そのかわりに見るかぎり野草がはえしげって、日の光がまともに照りつけ、毛氈《もうせん》のように美しいしばの上に長さ三四尺もあるゆりの花が幾百幾千となくならんで、風にそよいでいる、ゴルドンはここですこぶる有用な植物を発見した。一本の木がある、葉が小さくて全身にとげがあり、まめほどの大きさの赤い実をもっている。それはトラルカというもので、黒人はこの木の実から、一種の酒を醸造《じょうぞう》するのである。
もう一つの木は、南米およびその付近《ふきん》の島だけに生ずる、アルガロッペと称《しょう》するもので、これも酒をつくることができる、一同はゴルドンの指揮《しき》に従《したが》って、この二種の木の実を採集《さいしゅう》した。
いまもう一つの木は茶《ちゃ》の木で、これもまた十分に採集した。
午後五時ごろ、一同は岩壁《がんぺき》の南のほう、一マイルのところまでくると、そこに一|条《じょう》の細い滝《たき》が、岩のあいだから落ちているのを見た。疑いもなくこれは、海にそそぐ川の源流《げんりゅう》である、日はだんだんかたむきかけたので、一同はここに一|泊《ぱく》することにきめた。
ゴルドンはバクスターとともに、めずらしい植え木の採集をしていると、とつぜん一方の木のあいだからふしぎな動物が、一隊をなしてぞろぞろと出てくるのを見た。
「なんだろう、あれは? やぎか」
とバクスターがいった。
「なるほど、やぎににた動物だな、とにかくつかまえようじゃないか」
「よしッ」
バクスターは例の飛び弾《だま》をくるくるとまわして、風をきって群らがる動物のまっただなかへ投げた。動物の群れはぱっとちったが、そのなかの一頭はたおれておきあがり、おきあがってはまた倒《たお》れつしている。ふたりは走りよった。
「三ついるよ」
バクスターはさけんだ。じっさいそれは三頭であった。一頭は母で他の二頭は仔《こ》である。
「これはヴィクンヤだ」
とゴルドンがいった。
「ヴィクンヤに乳汁《ちち》があるだろうか」
「あるとも」
「よし、乳汁が飲めるな、ヴィクンヤ万歳!」
ヴィクンヤは形はやぎににて足は少し長く、毛はやぎより短く頭に角《つの》がない。ゴルドンはヴィクンヤをひき、バクスターは二つの仔《こ》をだいてテントへ帰ると、一同は喜び勇んで万歳をとなえた。生《なま》の牛乳にうえきったかれらとしては、さもあるべきことである。
ヴィクンヤの乳汁を夢みてこころよくねむった一同の夢は、ドノバンの声に破られた。夜明けに近い三時ごろである。
「気をつけイ」
「ど、ど、どうした」
一同はあわてて起きてドノバンにきいた。
「あの声をきけよ、ぼくらのテントをねらって、野獣《やじゅう》がやってくるようだ」
「うん、ジャガー(アメリカとら)か、クウガル(ひょうの属《ぞく》)だろう、どっちにしたところがたいしておそるるにおよばない、さかんにたき火をたけよ、かれらはけっしてたき火をこえて突入することはないから」
ものすごい咆哮《ほうこう》は、かなたの森のやみの底からひろがってくる、猟犬《りょうけん》フハンはむっくとおきて憤怒《ふんぬ》のきばをならし、とびさろうとするのをゴルドンはやっとおさえつけた。
「きたぞきたぞ」
とバクスターはやみをすかして見ていった。いかにもそのとおりである、ちょうど十間ばかり前に、血にうえた幾点点の眼の光! ただそれだけがたき火にうつって、しだいに近づくのが見える。
「だいじょうぶだ」
声とともに一発の銃声《じゅうせい》が夜陰《やいん》の空気をふるわした。
「手ごたえがあったぞ」
とドノバンがいった。バクスターは燃えしきるかれ枝を手に取って動物の群れに投げこみ、その光で周囲をじっと見つめた。
「逃げたらしいぞ」
「一頭だけたおれてる」
「またやってきやしまいか」
「だいじょうぶだ」
だが一同はもうねむることをやめた。ここは左門洞《さもんどう》から九マイルのところであった。一同は六時にそこを出発した。家を出てから四日目である、早くるすいの友の顔を見たい、帰心《きしん》矢《や》のごとく、午後の三時ごろにはもう家をさること一マイルのところへやってきた。ヴィクンヤは一同がかわるがわる二つの仔をだいてやったので、柔順《じゅうじゅん》についてきた。
このときドノバン、ウエップ、グロースの三人は、他の四人より一町ばかり前方を歩いていたが、とつぜん後隊をふりむいてさけんだ。
「気をつけイ」
ゴルドン、イルコック、バクスター、サービスはすぐに武器をとりだして身がまえた。とたんに、かれらは前面の森から殺奔《さっぽん》しくる、一個の巨獣《きょじゅう》を見た。
「なんだろう」
「なんだろう」
みながひとみを定めようとするまもあらせず、サービスは風をきってヒュウとばかりに飛び弾《だま》を投げた。ねらいをあやまたず、縄《なわ》は怪獣《かいじゅう》の足にからみついた。からまれながら怪獣は、死に物ぐるいの力を出して、縄のはしを持っているサービスをひきずりひきずり、森のほうへ逃げこもうとあせった。それはじつにおそろしい力である。サービスはさけんだ。
「みんなきてくれ」
ゴルドン、イルコック、バクスターの三人は走りよってサービスに力をそえ、縄のはしを大木の幹《みき》にしばりつけた。怪獣は眼をいからし、きばを鳴らしてくるいまわるたびに、大木はゆさりゆさりと動いて、こずえは嵐《あらし》のごとく一|左《さ》一|右《ゆう》した。
怪獣はラマという動物でらくだの属《ぞく》であるが、らくだほど大きくない。これを飼養《しよう》してならせばうまの代用になる。
「ラマだよ」
とドノバンは笑ってサービスにいった。
「きみの乗馬にしたらどうだ」
「乗馬はもうこりごりだ」
とサービスはいった。一同は笑ってラマをひきたてた。
一同の遠征はけっしてむだでなかった、かれらは酒の原料や、茶の木を発見し、ヴィクンヤおよびラマを生けどり、飛び弾《だま》の使用法に熟達《じゅくたつ》した。一同が帰ったとき、洞《ほら》の外にひとり遊んでいたコスターはそれを見て、すぐ家の中へ走りいって富士男に知らしたので、富士男はるすいの一同をつれて洞外へむかえでた。たがいに相抱擁《あいほうよう》して万歳の声はしばらくやまなかった。
ちょうどゴルドン一行が不在《ふざい》のあいだに、富士男はかねがね心にかかることがあるので、弟の次郎をひそかによんできいた。
「次郎君、きみはニュージーランドを出てからいつもふさぎこんでるが、なにか気になることがあるのかえ」
「なんでもありませんよ兄さん」
「なにか心配があるなら、ぼくにだけ話してくれないか」
「なんにもありません」
「いや、そんなことはない、みながそれで心配してるんだ、ぼくにうちあけてくれ」
「ぼくはね、兄さん」次郎はなにかいわんとしてくちびるを動かしかけたが、すぐ両眼《りょうがん》にいっぱいの涙をたたえ、「ごめんなさい兄さん、ぼくが悪いんです。ぼくが悪いんです」
「なにが悪いのだ」
次郎はわっと泣きだした、それから富士男がなにをきいても答えなかった。
一同がいろいろ苦心するにかかわらず、やっぱり食料は日一日とへっていった。このうえは大規模《だいきぼ》をもって食料|貯蓄《ちょちく》の方法をとらねばならぬと、富士男は決心した。かれはゴルドンとはかって、湖畔《こはん》や沼沢《しょうたく》や、森のなかに、ベッカリーやヴィクンヤ等の、大きなけものをとらうるにたるほどの、大じかけなおとし穴をつくることにした。
年長組がこの大きなおとし穴をつくりつつあるあいだに、年少組はバクスターを首領《しゅりょう》にして、ヴィクンヤなどを入れておく小舎《こや》を建てることにむちゅうになった、小舎はサクラ号から持ってきた板をもってつくり、屋根は松やにを塗《ぬ》った油布《あぶらぬの》をもっておおい、小舎の周囲には森からきりだした棒杭《ぼうぐい》をうちこんで柵《さく》とした。
小舎のなかにはゴルドンらがとらえてきたもののほか、新たにおとし穴でとらえたラマ一頭と、バクスターがイルコックとともに飛び弾《だま》で生けどった牝牡《めすおす》二頭のヴィクンヤがいた。
ゴルドンは一同に飛び弾の練習をさせたが、バクスターとイルコックがもっともじょうずになった。
その他、別に養禽場《ようきんじょう》一|棟《むね》を建てた。そこにはしちめんちょう、野がん、ほろほろちょう、きじの類をとらえしだいにはなちがいにした。このほうの係は善金《ゼンキン》と伊孫《イーソン》その他最年少組で、かれらは喜んでこれをひきうけた。
ところがひとりこまったのは、モコウである、まず生《なま》の乳汁《ちち》が飲めるようになり、家禽《かきん》が毎日卵を生む、これほどけっこうなことはないのだが、さて一|得《とく》あれば一|失《しつ》ありで、乳汁や卵ができると急に砂糖の需要《じゅよう》がはげしくなる、貯蓄の砂糖が見る見るへってゆくのを見ると、モコウはたまらなく心細くなる、さればとてみなにうまいものを食べさせて、その喜ぶ顔を見るのが、モコウの第一の楽しみなのである。
ところが、この心配《しんぱい》もモコウの頭からきえるときがきた。ゴルドンはある日、だちょうの森を散歩したとき、一むらの木のその葉、うすむらさきの色をなせるのを見ておどりあがって喜んだ。それは砂糖の木であった。一同はこの木の幹《みき》をきって、そのきり目からふきだすところの液《えき》をあつめて、それを煮つめると、なべの底に砂糖のかたまりがのこった。その味は甘蔗《かんしょ》からとったものにはおとるが、料理に使うには十分である。
砂糖がどんどんできる、酒もできる、ただたりないのは野菜《やさい》だけである。
だがそのかわりに肉類は十分になった、富士男ドノバンらは三日のうちに、森のなかで、五十余頭のきつねをとったので、りっぱなきつねの毛皮は冬の外套用《がいとうよう》としてたくわえられた。それからまもなく少年連盟は総動員《そうどういん》をもって海ひょう狩りの遠征を挙行《きょこう》した。
海ひょう狩りの目的は、サクラ湾に群棲《ぐんせい》する海ひょうをとって、その油をと
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