の前には口をつぐむよりほかはなかった。
「そこでぼくは諸君に一言したい」
と富士男は謹厳《きんげん》なる口調《くちょう》でいった。
「われわれ十五人の少年連盟の首領《しゅりょう》として、われわれが選挙する人物は、われわれのうちでもっとも徳望《とくぼう》あり、賢明《けんめい》であり、公平であるところのゴルドン君でなければならん」
「いやいや」
とゴルドンは手をふって、「才知《さいち》と胆力《たんりょく》と正義は、富士男君を第一におすべきだ」
「いやいやそうじゃない、諸君、ゴルドン君を選挙してくれたまえ」
「いや、諸君、富士男君を選挙してくれたまえ」
ふたりはひたいに玉のごとき汗を流して、ゆずりあった。
「どっちでも早くきめてくれ」
とドノバンは不平そうにいった。
「ねえ、ゴルドン君、おたがいにゆずりあってもはてしがない、連盟の第一義は協力一致《きょうりょくいっち》だ、平和だ、親愛だ、その志《こころざし》について考えてくれたまえ」
富士男はその眼に熱火《ねっか》のほのおをかがやかして、哀訴《あいそ》するようにいった。
「うん」
「大統領《だいとうりょう》という名目は、けっして階級的の意味じゃない」
「うん」
ゴルドンはちらと富士男の顔を見やったときに、ドノバンのねたみのほのおが、わが眼をいるような気がした。彼は急に考えを変えた。
「そうだ、富士男君を大統領にすると、仲の悪いドノバンがなにをするかわからない、連盟の平和のために、自分が甘諾《かんだく》するのは、さしむき取るべき道ではなかろうか」
かれがこう思っているうちに、富士男は一同にいった。
「ゴルドン君の万歳《ばんざい》をとなえようじゃないか」
「ゴルドン君万歳!」
一同はさけんだ。
「少年連盟万歳」
冬ごもり
島の各所の命名はおわった。少年連盟の盟主はゴルドンにきまった。ある日富士男はゴルドンにこういった。
「きみに相談したいことがある」
「なんだ」
「われわれの冬ごもりのことだ、もしぼくらが想像《そうぞう》するごとくこの島が、ニュージーランドよりずっと南のほうにあるものとすれば、これから五ヵ月のあいだ――十月までは雪のために外へ出ることはできまいと思う。そのあいだわれわれは、なんにもせずに春を待っているのは、きわめておろかな話だと思う。われわれは少年だからいかなるばあいにも学問をやめてはならん」
「むろんそうだ」
「そこでわれわれはこの冬ごもりのあいだに、日課《にっか》を定めて勉強したいと思うがどうだろう」
「賛成賛成、ぼくもそれを考えていたところだよ、すぐに実行しよう、それにはなにか方法があるかね」
富士男は一枚の原稿《げんこう》を、ゴルドンの前においた。それには十五少年の学級と、受け持ち教導者《きょうどうしゃ》などがしるされてあった。
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十歳組――第一級
次郎(日)
ドール(伊)
コスター(伊)
十一歳組――第二級
善金《ゼンキン》(支)
伊孫《イーソン》(支)
十四歳組――第三級
ウエップ(独)
ガーネット(仏)
サービス(仏)
バクスター(仏)
モコウ(印)
十五歳――第四級
イルコック(独)
ドノバン(米)
グロース(米)
富士男(日)
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以上十四名とし、第四級員は第三級に教え、第三級員は第二級に教え、第二級員は第一級に教え、順次《じゅんじ》に下級の教導《きょうどう》を受け持つこと。
ゴルドンはつくづくとこの原稿をひらき見て、首をかしげていたがやがてこういった。
「これにはぼくの役割《やくわり》がないが、ぼくはどうなるのか」
「きみは首領《しゅりょう》だから学級の総監督《そうかんとく》をすればいいのだ」
「それはいかん、ぼくもみなと同じく学生だ。首領だからといって、学問をやめることはできない。人間は死ぬまで学生だと昔の人がいった。ぼくも仲間にいれてくれたまえ」
「なるほど、それではきみひとりが第五級だ」
「なぜだ」
「きみは十六歳で最年長者だから」
「そうか」
けんそんなゴルドンも年齢《ねんれい》を減《へ》らすことができないので、第五級の生徒となることにきまった。
ゴルドンはこのことを一同に相談すると、だれしも異議《いぎ》のあるべきはずがない。一同は喜びにあふれて、その他のいろいろな規律《きりつ》をきめた。毎週二度、木曜と日曜には討論会《とうろんかい》を開いて、歴史や科学および修身の題目をとらえて議論をたたかわすこと、風なき日には湖畔《こはん》を散歩し、あるいはランニングの競争をやること、などもきめた。
かかる孤島《ことう》にあってもっともたいせつなことは、時間の精確《せいかく》である。そこで、イルコックとバクスターは時計|係《がかり》となり、ウエップは寒暖計《かんだんけい》晴雨計《せいうけい》の主任《しゅにん》となり、一同の身神《しんしん》をなぐさむるためにガーネットは音楽の主任となって、ハーモニカを鳴らすこととなった。
こういう余興係《よきょうがかり》には、いたずらずきの次郎がまっさきにひきうけねばならぬはずだが、次郎はなぜかいぜんとして沈欝《ちんうつ》な顔をしているので、他の人々もしいてすすめなかった。
六月の下旬《げじゅん》になると寒暖計はしだいにくだって、零点以下《れいてんいか》十度ないし十二度のあいだを上下するようになったが、しかし洞内《どうない》にはまきの貯蓄《ちょちく》が十分であったから、さまでの苦しみもなかった。
が、ここに一つの難事が出来《しゅったい》した、それは雪が深くなるにつれて、年少組は川へ水をくみにゆくことができなくなったことである。ゴルドンは思案《しあん》にあまって、まず第一に工学博士に相談をした。少年たちはたわむれにバクスターに、工学博士の称《しょう》をたてまつったのである。
「よしよし考えてみよう」
バクスターは研究に研究をかさねた結果、地中に管《くだ》をうずめて、川から水をひくことにした。かれはサクラ号の浴室にそなえてあった、鉛管《えんかん》を利用した。
つぎにモコウは、一生けんめいに動物やさかなの料理をするたびに、その脂肪《しぼう》を貯蓄したので、燈火の油に不足の心配はなくなった。
しかしただ心配なのは食料の欠乏である、雪が吹きすさんで猟《りょう》に出ることもできないので、用意の食料は日に日にへる一方である。モコウが倹約《けんやく》に倹約をかさねてたくわえたかも、しちめんちょうの肉、塩づけのさかな、サクラ号から持ってきたかんづめ類も、今後どれだけのあいだつづくか、はかることができない。のみならず、十歳から十六歳までの少年である、胃袋《いぶくろ》はおとなよりもすこやかに、食うことにかけてはことごとく豪傑《ごうけつ》ぞろいだからたまらない。
なおそのうえにやっかいなのは、サービスが生けどっただちょうである。だちょうの大食は少年にまさること数等《すうとう》である、かれのために少年たちは、毎日その食料たる木の根や、生草《なまくさ》を、雪深くほらねばならなかった。これには一同へいこうしてサービスにいった。
「おい、いいかげんにして、だちょうをしめて食おうじゃないか」
「じょうだんじゃない、そればかりはかんにんしてくれ」
サービスはとうとう、だちょうの食料はいっさい他の人の手を借らずに、自分ひとりでほりあつめることにした。かれは寒い風に吹かれて、ほおをむらさきにしながら毎日毎日雪をほり、木の根をほった。年少組がそれを見て笑うと、かれは傲然《ごうぜん》としていう。
「いまに見ろよ、このだちょうは天下の名馬になるから」
七月九日には洞外の温度は零点以下十七度にくだった。だがこのときまきがすでにつきたので、一同は例のだちょうの森にはいって、まきをとることにきめた。それには例の工学博士バクスターの案で、食堂の大テーブルをさかさまに倒し、それを橇《そり》となしたので運搬《うんぱん》はきわめて便利であった。
協同一致の冬ごもりは、かくして安らかにうちすぎた。八月の末から九月になると、日に日に温度がのぼりゆき、平和湖の水面に春らしい風が吹けば、木々の芽《め》もなんとなく活気づいて見える。
「もう少しあたたかくなったら、遠征《えんせい》にでかけようじゃないか」
一同は毎日こう語りあった。日本人山田左門先生の地図は、かなりゆきとどいたものであるが、しかしそれはおもに西方の地図で、北南東はどうなっているか、肉眼で見た山田先生の地図以外に、望遠鏡《ぼうえんきょう》で新たな発見があるまいものでもない。
「もういっぺんくわしく調べよう」
九月の中旬《ちゅうじゅん》からおそろしい風が吹いた。風は一週間もつづいたが、それがやむと天地にわかになごやかになり、春の光はききとしてかがやき、碧瑠璃《へきるり》の空はすみわたって、万物新たに歓喜の光に微笑《びしょう》した。
長い半年の冬ごもりであった! 少年らは解放された小鳥のように勇みたって、あるいはまきをとり、あるいはさかなをつり、あるいは鳥をかりまわった。ゴルドンは火薬を倹約《けんやく》して猟《りょう》はおもにおとし穴、かけなわ、網《あみ》などを使用せしめたから、大きなえものはなかったが、小鳥や野うさぎの類を多くとることができた。
ところがここに、一|椿事《ちんじ》がしゅったいした。ある日サービスは、例のだちょうに餌《え》をやっていると、モコウがそばへよっていった。
「サービス君、この鳥はもう食べてもいいでしょう、またのところがなかなかうまそうだ」
「じょうだんじゃない」とサービスはあわてていった。「これは天下の名馬になるんだ」
「そんなものは役にたちません、食べてしまうほうがいい」
サービスとモコウがあらそっているのを見て、ほかの少年たちはサービスをからかった。
「サービス君、きみはこのだちょうを名馬になるなるというが、いっこうに名馬にならないじゃないか」
「あわれなる友よ」とサービスは妙な声でいった。「千里の馬ありといえども、伯楽《はくらく》なきをいかにせん、千里のだちょうありといえども、きみらには価値《かち》がわからない」
「文句をいわずに乗って見せたまえ」
「しからば乗って見せてやろうか、だちょうの快足とぼくの馬術を見て、びっくりしてこしを抜かすなよ」
サービスはこういって、だちょうの首をしずかになでた。
「おい、しっかり走れよ」
かれはまず、その首に手綱《たづな》をつけた、それから両眼に目かくしをかけ、バクスターとガーネットにひかせて、しずしずと広場の中央にあゆみよった。
一同はかっさいした。サービスは得意満面《とくいまんめん》、やっと声をかけて、だちょうの背に乗らんとしたが、だちょうがおどろいてからだをゆすったので、つるつるとすべって、草の上にどしんと落ちた。
「やあ、どうした、天下の大騎手《だいきしゅ》」
少年らはうちはやした。
「だまって見ておれ」
サービスはかくかくとのぼせあがってどなりながら、五、六回|転落《てんらく》ののち、やっとだちょうの背中に乗った。
「どうだい」
とかれは一同を見おろして微笑《びしょう》した。
「いよう、うまいうまい」
「これから走るところを見せてやるぞ、びっくりしてこしをぬかすなよ」
「見せてくれ」
「ようし」
サービスは手綱《たづな》をとって、だちょうの目かくしをはずした。その一せつな! だちょうはかなたの森をさしてまっしぐらに走りだした。脚《あし》は長し、食には飽《あ》きたり、自由を得ただちょうの胸には、春風吹きわたり、ひづめの下には春の雲がわく。
「やあやあ、天下の名馬!」
少年たちはあっけにとられてかっさいした。と同時に、サービスの声がはるかにきこえた。
「助けてくれい」
一同はわれさきにと走った。サービスは林のなかに投げだされて、だちょうは影も形もない。
「おい、どうした」
とガーネットがいった。
「うん」
「天下の名馬はどうした」
とゴルドンがいった。
「うん」
「どうしたんだ」
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