よ」
 と富士男はうしろの少年たちにいった、少年たちは先をあらそうて走ってきた。
「なんだろう」
「ひょうか」
 とウエップがいった。
「クーガル(ひょうの一種)かもしれない」
 とグロースがいった。
「いや二足動物、だちょうだ」
 とドノバンがいった。じっさいそれは、アメリカだちょうと、称《しょう》せらるるものであった。全身は灰色で、その肉は佳味《かみ》をもって賞《しょう》せらる。
「生けどりにしなくちゃ」
 とサービスがいった。
「うん、きみが一生けんめいに穴をかくしたかいがあったね」
 とドノバンが笑った。
「だが生けどりはむつかしいよ、あの大きなくちばしでつっつかれたらたまらない」
「なあにだいじょうぶだ」
 サービスは身をおどらして、穴のなかへとびこんだ、穴のなかでは猟犬《りょうけん》フハンと、だちょうが必死《ひっし》になって戦っていた。だちょうは穴がせまいために、つばさを開いて飛ぶことができなかったが、いま最後の力をこめて、フハンの眼玉をつこうとした。そのせつなにサービスはだちょうのながいくびにぶらりとさがった。だちょうは驚《おどろ》いてサービスの頭を、その怪奇《かいき》なくちばしで二つ三つつついた。
「なにをちくしょう!」
 つかれたサービスはものともせずに、だちょうののどをしめつけしめつけした。
「なにか縄《なわ》をくれ」
「よしきた」
 一同は縄やバンドをつなぎあわせて、穴のなかへおろした。
「ひいてくれ」
 一同が縄《なわ》をひくと! 見よ! たくたくたる丈余《じょうよ》の灰色の巨鳥《きょちょう》! 足はかたくしばられ、恐怖《きょうふ》と疲労《ひろう》のために気息《きそく》えんえんとしている。
「やあ大きなものだなあ」
 一同があきれて見まもっていると、サービスとフハンが穴から出てきた。
「うまいぞうまいぞ、当分ごちそうができるぞ」
 とモコウはおどりあがって喜んだ。
「じょうだんじゃない、これを食われてたまるもんか」
 とサービスはいった。
「食わずにどうするつもりだ」
「後生《ごしょう》だから命だけは助けてくれよ、いまにこれをかいならして乗馬にするんだから」
「だがわれわれの食料の倹約《けんやく》しなければならないのに、この鳥をかう食料はどうするつもりか」
 とゴルドンがいった。
「それは心配するなよ、鳥は木の葉や草を食って生きるものだ、われわれの食料とは無関係《むかんけい》だ」
「なるほど」
 だちょうはサービスに一任することにきめた。この日はとうとう物置きに適当《てきとう》な洞《ほら》を発見することができなかった。そこでバクスターの考案《こうあん》で、洞《ほら》の内部の壁のやわらかいところをほって、室をひろげることにした。壁のやわらかいところには、木材の支柱《しちゅう》をほどこして崩壊《ほうかい》をふせぎ、年長者はつるはしをふるい、年少者は岩くずや石きれを運んでは、洞の外にすてた。
 三十日の午後には、五、六尺のトンネルができた、と、とつぜんふしぎな事件が出来《しゅつたい》した。
 富士男はトンネルの奥で、しきりに壁《かべ》をほっていると、どこやらに奇妙《きみょう》なうなり声をきいた。
「なんだろう!」
 ゴルドンもバクスターも、同時にその声をきいた、三人はすぐドノバン、イルコック、ウエップ、ガーネットの年長連《ねんちょうれん》をよんで相談した。
「なんでもないよ、洞《ほら》のなかだからなにかの反響《はんきょう》にちがいない」
 とドノバンはいった。一同はふたたびつるはしをふるってほりつづけた。と夕方になると、さっきよりもっと近くに、なにものかほゆる声がきこえた。
「いよいよ変だぞ」
 声がおわらぬうちに、フハンはあわただしく洞のなかをかぎまわったが、とつぜん疾風《しっぷう》のごとく洞《ほら》の外へ走り去った。一日の労役《ろうえき》をおわって一同は晩餐《ばんさん》のテーブルについたが、フハンは帰ってこない。
「フハン、フハン」
 みんながよんでも、やっぱりフハンのすがたは見えない。ドノバンは湖辺《こへん》へゆき、イルコックは川の岸にのぼり、一同は手をわけてフハンをさがした。
 九時はすぎた、森は暗い、一同はたがいに黙然《もくねん》として洞《ほら》へ帰った。
「どこへいったろう」
「猛獣にでも殺されたのかもしらん」
 人々が語っていると、とつぜんフハンのほえる声がした。
「ああトンネルのなかだ」
 富士男はまっさきにトンネルにとびこんだ、年長者は手に手に武器をとって立ちあがった、年少者はいずれも毛布《もうふ》を頭からかぶって、うつぶせになった、すると富士男はふたたびトンネルから出てきた。
「この壁《かべ》のうしろに、もう一つの洞《ほら》があるにちがいない」
「そうかもしれないよ、そこにいろいろな動物がすんでいるんだと思う」
 このときまたもや、おそろしい咆哮《ほうこう》の声がきこえた。
「ああ、フハンが猛獣《もうじゅう》と戦ってるんじゃなかろうか」
「だが洞の入り口がわからないから、助けにゆけないね」
 とイルコックがいった。
 富士男はもう一度|壁《かべ》に耳をつけたが、その後せきばくとしてなんの音もない。
 不安な一夜をすごして、翌朝ドノバンらは湖《みずうみ》のほとりに、フハンをさがしにいった。富士男とバクスターは例のごとくトンネルをほりつづけた。午後の二時ごろ! 富士男はつるはしをとめてとつぜんさけんだ。
「どうもへんだぜ」
「なにが?」
 とバクスターはいった。
「このトンネルがほかの洞穴《ほらあな》へつきぬけそうな気がする、なにがとびだすかもしれないから、みんな注意してくれたまえ」
 ドノバン、イルコック、ウエップらは、手に手に武器をとって身がまえた。年少者はことごとく洞《ほら》の外へ避難《ひなん》せしめた。
「やあ、これだ」
 富士男のうちだすつるはしとともに、ぞろぞろと大きな岩がくずれて、そこに洞然《どうぜん》たる一道の穴があらわれた。
「やあ」
 声とともにがらがらと地ひびきをさせて驀然《ばくぜん》おどりだしたる一個の怪物が、富士男の顔をめがけてとびついた。
 それはフハンであった。
「やあ、フハン!」
 一同のおどろきは喜びの声とかわった。フハンは主人のほおをひとなめしてから、身を転じてバケツの水をしたたかに飲み、それから主人をさそうもののごとく、顔を見あげた。
「だいじょうぶか」
 と富士男は笑いながらフハンにいった。フハンはもう一度主人のひざに、頭をすりつけた。
「だいじょうぶらしいよ、諸君、ちょうちんを持ってくれたまえ」
 ゴルドン、ドノバン、イルコック、バクスター、モコウらは、ちょうちんをともしてトンネルに進んだ。そうしてくずれた穴をくぐって、つぎの洞《ほら》へはいると、そこは山田の洞と同じ高さで、二十|畳敷《じょうじ》きばかりの広さである。だがこの洞の入り口はどこにあるだろう、イルコックは壁のすみずみをみまわしたとたんに、なにものかにつまずいて、たおれそうになった。
「なんだ」
 ちょうちんに照らしてみると、まぎれもなきジャッカル(やまいぬの属《ぞく》)の屍体《したい》であった。
「ああジャッカルだ」
「フハンがかみ殺したんだ」
「すてきすてき、こんどこそごちそうだ」
 とモコウはいった。そうしてサービスにむかい、
「それともきみは、このジャッカルを乗馬にしますかね」
「いくらなんでも死んだものには乗れないよ」
 とサービスはまじめな顔でいった。一同は笑った。
 だがえものはこれだけでなかった、富士男はこの壁のすみに、洞《ほら》の入り口があることを発見した、この入り口から外へ出ると、ちょうど湖のほとりになっていた。
 翌日からバクスターの設計《せっけい》で、この新しい洞と、古い洞との連絡《れんらく》をひろげ、入り口にはサクラ号からとってきたとびらをとりつけた。
 バクスターはさらに思いをこらして、旧洞《きゅうどう》はもっぱら台所、食堂および物置きにあて、新洞《しんどう》は寝室および読書室となした。
 毎日毎日寒い風が吹きつづいていたので、洞外《どうがい》の工事ができなくなった、だが二週間ののちにはいっさいの設備《せつび》が完了した。だが一同が救いの船を得るのはいつのときか、あらかじめはかりがたい。それまでむなしく遊び暮らすはもったいない話だと、ゴルドンがいいだした。そこで一定の時間をきめて、課程《かてい》を学習することとなり、年長者はそれぞれ年少者に教えるべく、分担《ぶんたん》をきめた。
 六月十日の夕、晩餐後《ばんさんご》の雑談はことにうれしかった。年少者のドールはとつぜんこういった。
「ぼくらが住んでるこの島にも、いろいろ名があるの?」
「無人島だから名はないかもしらん」
 とゴルドンは答えた。
「でも、名がないとこまるじゃないの? ぼくらのこの家だって、なんという町かわからない」
「それはもっともだ、諸君、今夜みんなで相談して、名をつけようじゃないか」
「賛成賛成」
「モコウ! 命名式だからコーヒーをごちそうしてくれたまえ」
 モコウがつくってくれたコーヒーに舌つづみをうって、一同はストーブをかこんだ。
「まず順序《じゅんじょ》からいうが、ぼくらが第一番に漂着《ひょうちゃく》した港は、船の名にちなんで、サクラ湾としたいと思うがどうだ」
 とドノバンはいった。
「賛成賛成」
「ぼくらがこの洞《ほら》を発見したのは、山田左門先生のおかげだから、左門洞《さもんどう》とつけたいね」
 と富士男はいった。
「賛成賛成」
「サクラ湾《わん》にそそぐ川は?」
「ニュージーランド川としよう」
「湖は?」
「平和湖」
「海が見える岡は?」
「希望《きぼう》が岡《おか》」
「だちょうを捕《と》った森は?」
「だちょうの森としてくれたまえ」
 とサービスがいったのでみんなが大笑いした。
 北の岬《みさき》を北岬という、南の岬を南岬という、犬の歯《は》のように出入しているいくたの岬は、みんな本国を記念に、日本岬、アメリカ岬、フランス岬、ドイツ岬、イタリア岬、支那岬、インド岬と名づけた。
「ですが、この島全体の名をなんとつけるんですか」
 と善金《ゼンキン》がいった。
「そうだ、それがいちばんたいせつな命名だ。諸君|知恵《ちえ》をしぼってくれたまえ」
 とゴルドンがいった。声に応《おう》じて、少年島、親愛島《しんあいとう》、理想島《りそうとう》等の名が出た。
「そうだ、もっといい名がありそうなものだね」
「ぼくは!」
 と年少のコスターは、学校におけるがごとく手をあげていった。
「少年連盟島《しょうねんれんめいとう》とつけたいのです」
「賛成《さんせい》賛成《さんせい》」
 声は一度におこった。
「少年連盟島! じつにいい名だ、コスター君、今夜の命名式はきみが殊勲者《しゅくんしゃ》だよ」
 富士男にほめられて、コスターはさっと顔をあからめながら、しかも得意《とくい》そうに鼻穴をふくらました。
「そうなると」とモコウはまっくろな顔をつきだしていった。「連盟があるからには大統領《だいとうりょう》がなければなりません」
「賛成賛成」
 声々がおこった。
「大統領なんて不必要《ふひつよう》だ」
 とドノバンはいった。
「しかし衆議《しゅうぎ》がまちまちになってきまらないばあいに、それを裁決《さいけつ》する人がなければ、連盟の方針《ほうしん》が立たない」
 と富士男はモコウの説に賛成した。
「賛成賛成」
 一同はしだいに熱した。
「諸君がそうしたいなら、僕も異存《いぞん》はないが、しかし選挙《せんきょ》をするのかね」
「選挙だ選挙だ」
 一同の眼は富士男のほうを見たので、ドノバンは早くも例の嫉妬《しっと》の念が、むらむらともえだした。
「選挙ならそれもよかろう、しかし任期は六ヵ月ぐらいに限りたいね」
「六ヵ月と限るもいい、そのかわりに、再選《さいせん》もさしつかえないということにして」
 とバクスターがいった。
「賛成賛成」
 なにかにつけて苦情《くじょう》をいいたがるドノバンも、道理
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