「きみはかれらの作戦を知らせてくれればいい。まずきみたちは、昨夜少年たちをあざむいて、皆殺しにするつもりだったのか」
「そうです」
ホーベスは頭をますます低くたれた。少年たちはかれの答えをきいてりつぜんとした。
「きみはかれらの今後の計画を知っているか」
「…………」
ホーベスはかすかに頭を横にふった。
「かれらはふたたび洞に襲撃《しゅうげき》するか」
「するはずだ」
イバンスはいろいろ問いただしてみたが、ホーベスは十分に答えることができなかった。
ホーベスはふたたび、戸だなのなかに禁錮《きんこ》された。モコウは昼すぎに二、三品、食物を運んでやったが、かれはほとんど一口もふれず、ただ頭をたれてなにごとか深く沈吟《ちんぎん》思考している。
少年たちにとって、目下の急務である第一問題は、海|蛇《へび》らがどこへ去ったか、そのありかを知ることである。イバンスは昼食後、少年を集めてそのことをはかった、少年たちは即時、偵察《ていさつ》に出発することに賛成した。
ケート、モコウ、次郎、バクスターは、他の四人の幼年組と洞に残り、他の八名はイバンスとともに偵察《ていさつ》にむかうことになった。
敵は七名のうち一名をうしない、六名である。偵察隊は敵の一倍半であり、なお長銃《ちょうじゅう》短銃等《たんじゅうとう》をたずさえて武器は十分である。敵は六名中五名が銃を持っているが、弾薬がほとんど欠乏《けつぼう》していることは、ホーベスのことばによって明らかである。
偵察隊は午後二時に洞を出発した。洞の戸は急に偵察隊が洞内にひきあげるときに便利なように、かんぬきをしたままで、大石は積まずにおいた。
偵察隊は、まず左門の遺骸《いがい》をほうむったぶなの木のほとりからだちょうの森に進んだ。フハンはうれしそうに先導《せんどう》していたが、たちまち耳は張り、地に鼻をつけて、異常《いじょう》なにおいをかぎだした。と、そこより数歩進んだとき、先頭のドノバンが、
「アアたき火のあとだ」
とさけんだ。
まきの折れや、煙のまだのこっている燃えさしが、散在している。
「昨夜海|蛇《へび》らがここで過ごしたことは、明らかである、この状態《じょうたい》で判断《はんだん》すると、二三時間まえにかれらは、ここを去ったものであろう」
イバンスのこのことばがおわらないうちに、一発の銃声がかれらの右の林におこった。これとほとんど同時に、かれらの耳もとでごうぜんたる銃声がひびいた。ついで、かれらの十八メートルほどはなれた林の中に「アッ」というさけびと、ザラザラと雑草の動く音とがきこえた。
第二の銃声は、ドノバンが第一の銃声のほうにむかってはなったひびきである。ドノバンは一発すると同時に、フハンとともにまっしぐらに後方の林に走った。
「進め! ドノバンをかれらに殺さすな」
イバンスは、ドノバンのあとを追ってさけんだ。他の少年たちも、ただちにこれにつづいた。
ドノバンが大木の下にきてみると、地上に銃をいだいた一個の人間が、息たえだえにたおれている、ドノバンのはなった弾はあやまたず、凶漢《きょうかん》の胸板をつらぬいている。
ドノバンに追いついたイバンスは、
「これはパイクだ、きみの力によって世界からひとりの悪人をのぞくことができた」
といった。
しかし他の凶漢《きょうかん》たちは、どこにすがたをかくしているのだろう。
「諸君、こしを低くして頭をさげろ」
イバンスのさけびがおわらないうちに、一丸がきたって、ひざまずかんとして少しおくれた、サービスのひたいをかすめた。
「傷は?」
一同はサービスのそばによった。
「なにこれくらいの傷はだいじょうぶだ」
サービスのひたいににじむ血を、ハンケチでふいた、サービスの血は少年たちを昂奮《こうふん》させた。
「富士男君はどこへいった」
富士男はどこへいったのか、すがたが見えない。このとき、フハンは左の方へ一直線に走った。ドノバンは力づよく、
「富士男君、富士男君」
とさけびながら、フハンのあとをおって走った。
グロースは、たちまち身を地上にふせてさけんだ。
「気をつけろ」
一同は頭をさげた、このときおそし、一丸はイバンスの頭の上をかすめて去った。
かれらが頭をあげると、ひとりの敵が、林の奥へ逃げ去っている、ゆうべ逃がしたロックである。イバンスは、これにむかって一発した、鉄砲玉のロックはこつねんとしてすがたをけした。
「残念だ、また逃がした」
このあいだはわずかに五、六秒である。
フハンはしきりに高くほえている、イバンスら一同は走った。
このときドノバンの声がした。
「富士男君手をゆるめるな」
一同はこの声のするほうに走った。
富士男はいま一味のコーブと戦っている。あざらし[#「あざらし」に傍点]のコーブはかれら仲間でも名だたるけんかじょうずだ。富士男のような少年が、どうしてかれに対抗《たいこう》できよう! 富士男はしっかりとかれに組みふせられた。組みしかれながらも富士男は、少しもあわてない、父から教えられた日本固有の柔道の奥の手、けさがためののがれがきまって、大兵《だいひょう》のコーブをみごとにはねかえした、かえされたコーブもさるもの、地力《じりき》をたのみにもうぜんと襲来《しゅうらい》した、その右手には、こうこうたる懐剣《かいけん》が光って、じりじりとつめよる足元は、大地の底にめりこむかのよう!
富士男は少しもちゅうちょしない、かれはコーブの剣をみると、勇気がますます加わった。
「さあこい」
手並みを知ったコーブは、組み打ちではあぶないと思った、かれは一気に、富士男をつき殺す作戦をとった。かれは両手を高くあげて、おどりかかった。富士男は右にかわし、左にかわし、敵のすきをみて組みつこうと逃げまわった、いいかげんにじらされたコーブは、おそろしい声を出してほえた。同時にしゃにむに、富士男にとびかかった。
「よしッ、こい」
富士男はこしをきめて、敵の右手をとろうとした一せつな、残念! かれは木の根につまずいて、ばったりたおれた。
「しめたッ」
コーブは折りかさなって富士男を膝下《しっか》にしき、懐剣《かいけん》をいなづまのごとくふりかぶった。瞬間! ドノバンは石のつぶてのごとく、からだをもってコーブのからだにころげこんだ。ドノバンのからだに押されて手がゆるんだ、すきをえた富士男は、すばやく立ち上がった、だがこのとき、ドノバンは一声アッとさけんだ。コーブはドノバンの胸を、一|突《つ》き突いたのであった。
それも一しゅん、これも一しゅんである、フハンはもうぜんとおどりあがって、コーブの手にかみついた。
「ちくしょう! ちくしょう!」
かれは一生けんめいにふりはらった、そうしてあとをも見ずに逃げ去った。
イルコック、ウエップらは、凶漢《きょうかん》のあとを追うて発砲した。一、二発は手ごたえがあったが、すがたは緑雲《りょくうん》たなびく林のなかにきえてしまった。
「ドノバン! ドノバン!」
富士男はたおれたドノバンを、しっかりとだきしめてさけんだ。
「しっかりしてくれ、ドノバン!」
よべど答えず、答うるものは、森のこだまのみである。
さきにドノバンがひょうにおそわれたとき、富士男は身をていしてドノバンを救うた、いまドノバンは、みずから傷《きず》ついて富士男を救《すく》うた。
「ドノバン!」
富士男の声はだんだん泣き声になった。
「ぼくのために死んでくれたのだね。ドノバン!」
かすかに答える声が、くちびるからもれた。イバンスはすぐにドノバンの傷口《きずぐち》を検査すると、傷《きず》は第四|肋骨《ろっこつ》のへんで心臓をそれていた。
「だいじょうぶだ、助かる」
とイバンスはいった。
ドノバンの呼吸は微弱《びじゃく》である、もし肺《はい》に影響《えいきょう》するとだいじになる。
「とにかく、左門洞へひきあげよう」
とゴルドンはいった。
イバンスは、海|蛇《へび》とブラントおよびブルークの三人が、最初からすがたを見せなかったのを非常《ひじょう》に怪しんだが、重傷《じゅうしょう》のドノバンを捨てて、かれらをさがすべきでないから、ゴルドンのことばに賛成して、左門洞にひきあげることにした。
木の枝をきりとってたんかを製作し、これにドノバンをしずかに臥床《がしょう》さした。
富士男ゴルドンら四名がこれをかつぎ、他のものはこれを護衛《ごえい》して、左門洞にひきあげた、しかし道は平坦《へいたん》ではない、たんかは動揺《どうよう》した、そのたびに架上《かじょう》のドノバンは、悲痛《ひつう》な呻吟《しんぎん》をもらした、このうめきをきく富士男の心は、ドノバン以上の疼痛《とうつう》をおぼえた。
ようようにしてかれらは、左門洞百五十メートルくらいの地点にきた、しかし左門洞には、まだ突出《とっしゅつ》した岩壁《がんぺき》をまわらねばならないのである。
このとき左門洞のほうにあたって、ケートのさけび声とともに、少年たちのさけぶ声がきこえた。
フハンはまっしぐらに声のほうへ走った、偵察隊一同はハッとして立ちどまった。
イバンスの脳裏《のうり》には、なにかひらめくものがあった、凶漢《きょうかん》三人は路を迂回《うかい》して、ニュージーランド川のほとりから、左門洞を攻撃《こうげき》しているのではあるまいか?
歓迎
凶漢《きょうかん》どもを撃退し、負傷せるドノバンをたんかにのせて、左門洞へひきあげんとした富士男の一行が、いま左門洞のほとりに少年たちとケートのさけび声をきいたのでがくぜんとした。
「すきをつかれた」
と富士男はさけんだ。
じっさいそのとおりである。ロック、コーブ、パイクの三人がだちょうの森で富士男の一隊をおそい、主力を牽制《けんせい》しているあいだに、海蛇《うみへび》、ブラント、ブルークの三人は、浅瀬《あさせ》づたいに川をわたって岩壁によじのぼり、川に面せる物置きの洞口の下におりてとつぜん洞を襲撃《しゅうげき》したのであった。
「グロース、ウエップ、ガーネットの三君は、ドノバン君を看護《かんご》して、ここにかくれていたまえ。わたしは富士男、ゴルドン、サービス、イルコックの四君とともに敵を撃退《げきたい》しよう」
イバンスは憤怒《ふんぬ》の朱《しゅ》を満面にそそいでいった。
「ゆこう」
五人はまっすぐに近路から走った、だがそれはすでにおそかった。海蛇《うみへび》は次郎を小わきにかかえて洞のなかから走りでた。それを、とりかえそうとケートは悲鳴《ひめい》をあげて海蛇にとりすがる。えいうるさいとばかりに海蛇はケートをはたとける、けられてもケートは一生けんめい、わが身の危険《きけん》を忘れて右に倒《たお》れ、左にころびながら、その手をはなさない。それと同時にいまひとりのブランドは、コスターを小わきにかかえて洞から出た。それをやらじとバクスターが狂気《きょうき》のごとくブランドにからみついている。
この悽惨《せいさん》たる危機《きき》にたいし、モコウと他の少年たちのすがたが見えぬのはふしぎである。あるいはみな殺されて、洞内に倒れているのではあるまいか。
海蛇とブランドは、ケートとバクスターをけとばして、もう川のほとりに出た。川にはブルークがすでに洞内からボートをぬすみだして、ふたりのくるのを待っている。もしかれらがふたりを人質《ひとじち》にとれば、あとはゆうゆう無理難題《むりなんだい》をしかけて十五少年を苦しめることになるだろう。
「ちくしょうめちくしょうめ」
イバンスは歯をくいしばった。だが発砲《はっぽう》すると次郎とコスターにあたるかもしれない。心は矢竹《やたけ》にはやれども、いまやどうすることもできない。
「さあこい、わしにつづけ」
イバンスは疾風《しっぷう》のごとく走った。海蛇とブランドははや川の岸にあがった。いま一足が舟のなかである。
「ああまにあわん」
イバンスがこういった、その一せつなである。先頭に立った富士男の愛犬フハンは、もうぜん足を
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