りだした。
「ぼくらは数日間は、伝馬船《てんません》の修復《しゅうふく》に手をつくした、だが、なにぶん修繕《しゅうぜん》に必要な道具が不足である、そのうち、食物がなくなってくる、水が飲めない、ぼくらは修繕するのをよして、船は雨風のあたらない場所にかくし、食糧《しょくりょう》を求めるために浜辺にそって南下した、行くこと十九キロばかりで一|条《じょう》の小川の口に達した、ぼくらはむさぼるように水を飲んだ、水はとてもおいしかったよ」
「その川は東方川というんです、そして川のそそぐところを失望湾というんです」
 とサービスがいった。
「清い水は飲みほうだい、ぴちぴちした魚はたくさんとれる、ぼくらはここに住まいを定めることにした、伝馬船《てんません》は浜辺づたいにひいてきて、川口につないだ。
 ぼくらは船をたいせつにした、ただ一つの修繕《しゅうぜん》道具があれば、船はよういに手入れができ、いつでも島を去ることができるのだからね、船は命の親だからね」
「洞には修繕に必要な道具が揃《そろ》っています」
 とドノバンがさけんだ。
「そうだろう、海蛇《うみへび》らはちゃんとにらんでる」
「でもおかしいな、海蛇《うみへび》はぼくらのことはなにも知らないと思うが?」
 とゴルドンがふしぎそうにいった。
「おどかしちゃいやだよ」
 とひとりがいった。
「それがゆだん大敵さ、ぼくはなにもおどかしなんかはしない、これはほんとうだからね、敵がどこにひそんでるかは神さましか知らない。ぼくはどうかして海蛇《うみへび》の毒手《どくしゅ》からのがれようと胆《たん》をくだいた、が、かれらはなかなか厳重《げんじゅう》に警戒《けいかい》して目をはなさない、時機を待つよりしかたがない、ぼくは遁走《とんそう》をあきらめてかれらの命令どおりにした、数日前、ぼくらは堤《つつみ》をさかのぼって茂林のなかに進んだ、とぼくらは、枝にひっかかったえたいの知れない油布《あぶらぬの》でつくったらしい、巨大なたこのようなものを発見した」
「ああそれはぼくらがつくったたこです」
 とドノバンがさけんだ。
「海蛇《うみへび》はためつすかしつして見ていたが、思わず大声でさけんだ。『これは人間がつくったものだ、この島にはおれたちのほかに、いく人かの人間が住んでる、おれたちは早くさがしださねばならないぞ』
 ぼくはこれを聞いて心のなかにさけんだ、しめた! のがれる日が近づいたのだ、悪人どものすきをうかがってのがれよう、そして島の人たちに救ってもらおう、たとえそれが蛮《ばん》人であってもいい、極悪《ごくあく》の人殺しの悪漢どもといっしょにいるよりか、どれだけ幸福かしれやしない、だが、海蛇《うみへび》のやつもなかなかぬけめがない、その日から看視《かんし》は前にまして厳重《げんじゅう》を加《くわ》えた、海蛇《うみへび》どもは急に元気おうせいになって足を早めた、湖の東岸をそって南へ南へと歩いた、だがいってもいっても人の住まいはおろか、踪跡《そうせき》らしいものにもあわない、一つの煙、一発の銃声もきかない」
「それはぼくらがあいいましめて、洞穴にかくれていたからです」
 と富士男がいった。
「だが海蛇《うみへび》どもは失望せずに進んだ、そしてとうとうきみらを発見した」
「どこで?」
 と一同が昂奮《こうふん》してさけんだ。
「二十二日の夜だった、鉄砲玉《てっぽうだま》のロックと四本指の兄貴《あにき》のパイクのふたりが、海蛇《うみへび》の命令で斥候《せっこう》に出た、そしてきみらの洞穴を発見したのだ、洞からはチラチラと火がもれ、戸をあけしめするすがたを見たので、ふたりの報告を受けとった海蛇《うみへび》は、つぎの日|単身《たんしん》で川ぶちの茂林にひそんで、きみらの動静《どうせい》をさぐった」
「やっぱりそうだったか」
 と富士男がいった。
「ぼくらも悪漢どもがこのあたりをうろついているのを知ったのです」
 とゴルドンがいった。
「きみらが知ってた?」
 とイバンスが小首をかたむけた。
「そうです、ぼくらはたばこのにおいのまだ新しいパイプを発見したのです」
「そうか、どうりで海蛇《うみへび》が、たいせつなものをなくしたと手下どもをどなっていた、ハハハハ」
 とイバンスが腹の底から笑った、だがすぐまじめになって、
「海蛇《うみへび》どもは洞のなかのものが、みな年のゆかない子どもばかりの集まりだと知ったのだ、きみらは不用意にも川のふちに出たり、洞の前に立ったりしたからね、悪漢どもは襲撃《しゅうげき》の方法をあれこれと相談した」
「悪魔《あくま》! 人でなし! かれらはこのかれんな子どもたちをどうしようとするのだろう、助けてやろうとは思わないのでしょうか?」
 とケートがさけんだ。
「そうです、セルベン号の船長や、あなたのご主人たちに対して行なったように、皆殺しにしようというのです、やつらに慈悲心《じひしん》を求めるのは愚《ぐ》の骨頂《こっちょう》です!」
 とイバンスがいった。
 一同は肌《はだえ》にあわつぶの生ずる恐怖《きょうふ》におそわれた、たがいに手と手をつないで、かたくにぎった。
「なにか物音がしなかった?」
 とイバンスが戸のほうを見た。
「いいえ、なにも、だいじょうぶです」
 と戸をまもるモコウがいった。
 雨はいぜんとして降りしきり、強風はものすごい音をたててふきすさぶ、あかりがチロチロとまたたく、夜はふけた、イバンスの奇々怪々《ききかいかい》な物語はいつはてるともしれない。

     敵襲《てきしゅう》

 イバンスがしずかにブランデーのコップをとりあげて、長物語にかわいたくちびるをぬらしている口元を見つめていた富士男は、
「しかし、どうして海蛇《うみへび》たちの毒手をのがれたのです」
 ときいた。
「そこだ、けさ海蛇《うみへび》たちはホーベスと、鉄砲玉《てっぽうだま》のロックにぼくの番を命じて、諸君らの動静《どうせい》をさぐりに出てしまった。ぼくは逃走の好機|到来《とうらい》と心中で計企《けいき》するところがあったが、ふたりはなかなかゆだんしないのだ。午前十時ごろ一頭のラマがぼくらの前にすがたをあらわした。ロックはこれを見るとさっそく銃をとって一発やった。そのすきにとつぜん身をひるがえして、森林のなかに逃げこんだ」
「銃声は聞かなかったが、ラマの死体は川むこうで見ました」
 とドノバンが口を入れた。
 イバンスはことばに力を入れて、
「ぼくはそれから十四時間ほど、ふたりの追跡者《ついせきしゃ》の手をのがれるために走りつづけた、こんなに走ったのは生まれてきょうがはじめてだ、おそらく五十キロは走ったと思う。海蛇《うみへび》たちの話で、諸君の洞は、湖の南西岸にある川の西がわだということを知っていたので、右に左に逃げまわりながらも、諸君の洞をめあてに走った。かれらが銃を持っていなかったら、苦労はなかったが、しばしば追いうちをせめられるので、弾をさけるのはひじょうな苦労だった。いま一つぼくの逃走《とうそう》を妨害《ぼうがい》したのは電光だ、夜になれば逃走は安全だと思っていたのに、電光はやみを破ってぼくのすがたを照らし、追跡者《ついせきしゃ》に発砲の機会をあたえたのだ。とこうして川岸に出たが、そのとき一道の電光とともに、背後《はいご》に銃声がひびいた」
「その銃声はわたしたちもききました」
 とひざをすすめてドノバンはさけんだ。
「しかし同時にぼくは、水中にとびこんだ。二、三度抜き手をきって、こっちの岸に泳ぎついたので、くさむらにかくれた。川岸まできた追跡者《ついせきしゃ》は、たしかに命中したから、水のなかにしずんだのだろうと語りながら去ってしまった。ぼくは堤《つつみ》にあがって地上に立ったが、そのとき、いぬのほえる声をきいたので、それをたよりにここへきた。諸君はつかれはてているぼくに、喜んで戸をひらいてくれた。諸君、ぼくらは一団となって力をあわせ、悪漢どもをこの島よりのぞくようにつとめねばならん」
 イバンスのことばをきいた少年たちの心臓は躍動《やくどう》した。
 少年たちはかわるがわる漂流《ひょうりゅう》のてんまつをイバンスに語ってきかせた。
「諸君がここへ漂着《ひょうちゃく》して二十ヵ月のあいだ、一せきの船も沖に見えなかったか」
「小船一せきも見えません、信号もかかげてありましたが、ケート小母《おば》さんに海蛇《うみへび》らの話をきいたので、六週間以前におろしてしまいました」
 と富士男はいった。
「諸君の用心はよかったが、かれらに諸君の居所を知られた以上、日夜|警戒《けいかい》してかれらの襲撃《しゅうげき》をふせぐのが上策《じょうさく》であるが、かれらは凶悪無慚《きょうあくむざん》な無頼漢《ぶらいかん》七人で、諸君は数こそ多いが、少年である以上、苦戦は覚悟《かくご》せねばならぬ」
 とイバンスがいった。
「いいえ、皆さまが少年連盟を組織《そしき》した団結心と正義をもって悪漢と戦えば、神さまはきっと皆さまをまもってくださいます。現にイバンスをわたしたちのところへ送ってくださったではありませんか」
 とケートはさけんだ。
「イバンス万歳」「少年連盟万歳」の声々が少年たちの口をついて出た。
 最前《さいぜん》より黙々《もくもく》として、話をきいていたゴルドンは、このときはじめて口を開いた。
「しかし、海蛇《うみへび》らがおとなしくこの島を去ると約束《やくそく》すれば、ぼくらはかれらの必要な船の修繕器具を貸してもいいと思うが」
 というと、他の少年たちも、なるほどというような顔をした。
「諸君はかれらの凶悪《きょうあく》さを知らないのだ、もし諸君がかれらに修繕器具を貸してやれば、かれらはそのつぎに諸君の食料を要求《ようきゅう》するだろう」
 イバンスのこのことばをきいて、
「パン粉をとられるとこまるなア」
「あすどこかへかくしておこう」
 幼年組の連中がささやいたので、一同|苦笑《くしょう》した。
 イバンスはなおも語をついだ。
「そればかりでない、かれらは諸君がサクラ号のおかねを、かくしていると思っているから、修繕器具を貸してやっても、恩義に感ぜずに、貨幣掠奪《かへいりゃくだつ》の計画をするにちがいない。また硝薬《しょうやく》の少ないかれらは硝薬も要求するだろう、諸君はかれらのこの要求が入れられるか」
「いや」
 とゴルドンは強くいいきった。
「諸君がかれらの要求をきかなければ、かれらは諸君を子どもとあなどって、腕づくでもかすめるにちがいない。そのときには、戦いあるのみだ、戦いをまぬがれえないと知ったら、はじめから計画をきめて戦うのが有利である。それにかれらの伝馬船《てんません》がなかったらわれわれはどうして島をのがれるつもりか」
 イバンスの最後の一語をきいた少年たちは、疑惑《ぎわく》を感じた。
「かの小船で、洋々たる大洋を、横断するのですか」
「大洋を横断する? いやわれわれは、まず南米に近い港《みなと》にわたって、便船《びんせん》を求めるつもりである」
 イバンスのこのことばは、少年たちをますます混乱《こんらん》させた。
「しかしあんな小船で、数百キロの波濤《はとう》を、越えることができますか」
 とバクスターは質問《しつもん》した。
「数百キロ? いや港までは、きんきん五十キロを出ない航程《こうてい》です」
「ではこの島は、大洋中の孤島《ことう》ではないのですか」
「島の西方は大洋であるが、東南北は大洋ではありません。諸君はこの島を、大洋中の孤島だと思ったのですか」
 少年たちは目を見張って、イバンスのことばを待っている。
「島は島であるが、孤島ではない。南アメリカのチリー国の西岸に点在する群島中の一つです。あした地図にてらして、本島の所在および方位について、くわしく説明しましょう」
 とイバンスは語りおわった。
 いままで大洋中の一孤島とのみ思っていた少年たちは、イバンスのことばをきいて、ひじょうに喜んだ。この喜びに幼年組は海蛇《うみへび》の恐怖《きょうふ》をわすれて安眠した。
 
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