》がこんこんと流れ、下草をくれないにそめて、ラマの巨体《きょたい》が横たわっている、鳥は足音におどろいて羽音高くまいあがった。
「かすかにあたたかみがありますよ」
 屍体《したい》に手をおいてモコウがいった。あたたかみが残っているとすれば、殺されてまだ時間がたたないのだ。
「この傷《きず》は鉄砲だね」
傷口をしらべてドノバンがいった。
「わたくしもそう思ったところです」
 モコウがたずさえた小刀《こがたな》をとって、創口《きずぐち》をえぐった。
「やっぱりそうだ、ほれ」
 とモコウが血にねばった銃丸を示した。
 連盟員は発砲を禁《きん》じられている、それなのにラマは銃丸でたおれている。海蛇《うみへび》らのしわざにちがいない! 敵はもうこの付近をさまよっているのだ。こう思うとドノバンはがくぜんとした。
「モコウ君、ぼくらは早くこのことを一同に報告しなければならない」
 ふたりは、ラマの屍体《したい》は鳥どものむさぼりくらうにまかして、いそぎ洞へ帰った。
 洞の前でふたりは、ゴルドンと富士男にであった。
「どこにいってた」
 とゴルドンがとがめるようにいった。
「みだりに出歩いてはこまるじゃないか」
「重大事件だよ」
 とドノバンが、せかせかといっさいを報告した。
「そうか! 敵はもうこのへんをうろついているのか」
 とゴルドンが沈痛《ちんつう》な顔をしてつぶやいた。
「だが、ぼくは銃声をきかなかった」
 とドノバンがいった。
「それはぼくらもきかない、だからといって安心はできない、重傷《じゅうしょう》のラマが、遠いところからにげてきたとは思えないからね」
と富士男がいった。
「この事件は、ぼくら四人の胸にひめておこう、ほかの者にいらぬ心配をさせるのは苦痛《くつう》だから……」
 とゴルドンがいった。
 それから三日目、またまたかれらは、事態《じたい》のますます切迫《せっぱく》したのを知る一新事件にであった。
 この朝、ゴルドンと富士男は、ニュージーランド川をわたって視察《しさつ》にいった。川岸から南のほうの沼《ぬま》にいたるあいだの細道に、防壁をきずいて、ここにドノバンらの鉄砲の名手を伏兵《ふくへい》させ、悪漢どもがこの方面からくるのを、ふせごうと思ったからである。
 二人は地形をしらべながら、茂林《もりん》のなかをすすんだ、鳥がくらいつくしたのか、けものの骨や貝がらが散乱していた。
「鳥のやつも大食家だね」
 と富士男がいって、その一個を軽く足げにした、と、ゴルドンは、とんだ骨を走って拾った。
「そんな骨をどうするんだい、パイプにでもするのか?」
「富士男君、これをよく見てくれたまえ、陶製《とうせい》のパイプだよ、ぼくらのなかにはたばこをすうものがない、これはきっと悪漢どもがおとしたのだよ」
 とゴルドンが声をふるわした。
「左門先生らがおとしたのかもしれないさ」
「いや、かいでみたまえ、たばこのにおいが、まだ新しくのこっている、きんきん一、二日前か、あるいは一、二時間前にここにおとしたものだ」
 はたして、ゴルドンの推察《すいさつ》があたっているとすれば、海蛇《うみへび》らの魔手《ましゅ》はすでに、洞の目前にまで伸ばされているのだ。
「きみのいうとおりだ」
 パイプをかいでいた富士男が、うわずった声をあげた。
「ゴルドン君、早くひきかえそう、ぼくらは防備の用意をしなければならない」
 ふたりは倉皇《そうこう》として引きかえした。
 悲愴《ひそう》な決意が洞のなかにながれた、洞内の戸には堅牢《けんろう》なかんぬきがはめられて、戸の内がわには大石が運ばれ、スワといえば、これを積みあげて胸壁《きょうへき》に使用する、戸のわきには窓があけられ、サクラ号から持ってきた、二門の大砲がすえられて、一つは表の川に面する口をまもり、一つは湖畔《こはん》に面する口をまもる。一同には旋条銃《せんじょうじゅう》、連発銃《れんぱつじゅう》、腰刀《こしがたな》がわたされ、各自は分担《ぶんたん》された守備位置についた。
 洞の上の岩壁には、見張りが立ち、八方に注視した、洞の表と裏には、各ふたりずつの見張りがおかれた。
 一同の悲愴《ひそう》な決意を見るにつけ、ケートは心のなかで泣いた、少年らがいかに胆力《たんりょく》があり、知恵があるとしても、悪漢どものすぐれた体格や、悪にかけては底の知れない悪知恵《わるぢえ》をもったかれらとくらべれば、とうていおよびもつかない差がある。
「こんなとき、イバンスがいてくれたら、どんなに力強いことだろう」
 十一月二十七日は、朝からむしむしと暑苦《あつくる》しい日であった。空は重々《ちょうちょう》たる密雲におおわれて、遠くで雷鳴《らいめい》がいんいんとひびき、なんとなく大あらしの前兆《ぜんちょう》をつげる空もようである。夜の九時ごろ、あかりもきゆるかと思われるものすごい電光が流れたかと思うと、天地もさける一|大霹靂《だいへきれき》が耳をつんざいた。これをきっかけに、電光は青赤色のほのおをはいてたえまなく光り、岩上に落花するごう[#「ごう」に傍点]然たる落雷のひびき! 天地もために顛倒《てんとう》するかと思われるばかりである。守備をかためた年長組は思わず耳をおおい、地にふし、幼年組は寝台にとびこんで、毛布《もうふ》のなかに頭をつきこんだ。
 戸がわをかためた富士男、ドノバン、バクスターの三人はかわりがわり洞外のようすを知ろうとするのだが、戸をなかば開かないうちに、するどい電光が矢のように流れ、眼をいすくめる、天は一面赤火光にもえ、湖水は天の色を反射《はんしゃ》して、ただ一円のほのおのように見える、十二時ごろ、さすがの電光も雷鳴もようやくおとろえはじめた。
 雷鳴がおさまるとともに風がおこり、しだいに猛威《もうい》を加え、あまつさえ盆《ぼん》をくつがえす豪雨《ごうう》となった。だが、車軸《しゃじく》を流すような豪雨も、小石を吹きとばす強風も、洞のなかではさほどおそろしいことではない。
「雷《かみなり》が洞をこわしはしないかと、ぼくはずいぶん心配したよ」
 と善金《ゼンキン》が毛布から頭を出していった。
「ああやっと助かった」
 幼年組がコソコソ寝台《しんだい》からぬけだした。
「まさかこのあらしをおかして、悪漢どもが攻めてくるようなことはあるまい、富士男君、見張りはいらないよ、ぼくらはあすのために英気《えいき》を養おう」
 とゴルドンがいった。
「ウン、そうしよう」
 一同は寝台にいそいだ。富士男はなお、用心のために、戸の内がわに、大石を積みあげた。といままで、寝台の下におとなしくうずくまっていたフハンが、音高く鼻を鳴らすと、耳をピンと立て、目をいからして戸の外をにらみ、ひとほえすると、歯をむき立ててもうぜんとかけだした。かれは前脚《あえあし》で戸板をがりがりとひっかき、低くうなりつづけた。
「戸の外になにか異状《いじょう》があるのだ」
 とドノバンがさけんだ。
「ケートおばさんを発見したときと同じだ、悪漢どもが攻めてきたのだ」
 とサービスが悲鳴《ひめい》をあげた。
「武器を持て!」
 とゴルドンがさけんだ。
 各自は武器をつかみ、防戦の身がまえをした、不安と恐怖《きょうふ》が洞内を圧した。
 モコウがすばやく戸口にかけて耳をあてた。なんの物音もしない。
「なんだ、なんでもありゃしない」
 だが、フハンはいっそうはげしく戸をひっかき、はてはまりのように四|肢《し》をぶっつけて、ほえたてた。とごう[#「ごう」に傍点]然たる一発の銃声がひびいた。それは、洞から百メートルとは離れないところではなたれたものだ。
「アッ!」
 一同はがくぜんと顔を見あわした。ドノバン、バクスター、イルコック、グロースらの名射手《めいしゃしゅ》は、表裏の口をまもった。目をギラギラ光らして、一発のもとにいころそうと身がまえた。戸ぎわに大石が運ばれ、胸壁《きょうへき》がつくられた。
「助けて、助けて!」
 悲鳴《ひめい》が戸の外でした。
 ドノバン、バクスターは引き金に指をかけた。
「助けて」
 と戸がガタガタと鳴った。
「バクスター、ぬかるな!」
 とドノバンがいった。
「ドノバン! 待ってちょうだい! あの声は聞きおぼえがあります」
 とケートが、ドノバンの引き金にかかった手をとった。
「だれです?」
 と富士男が緊張《きんちょう》していった。
「早く! 戸をあけて……早く!」
 ケートはこういうと、みずから戸に手をかけた。
「あけちゃあぶない!」
 とひとりがさけんだ。
「いいえ、心配はいりません、早くいれてやらねばなりません」
 なかば開いた戸から、鉄砲玉のようにとびこんできた壮漢《そうかん》! 雨にうたれた伸びほうだいの髪《かみ》は、ものすごく顔にへばりつき、ひげは草むらのように乱生し、水玉がたれている、かたはば広く丈《たけ》高い偉丈夫《いじょうぶ》! かれはギロギロとするどい眼光で一同を見まわすと、すばやく身をひるがえして戸を閉じ、耳をあてた。追跡《ついせき》する足音はきこえない。
「だいじょうぶだ」
 と彼はひとりごちて、ずかずか一同の前に近づいた。
「なるほど、みんな子どもばかりだな」
 かれはつぶやくようにいって、ジロジロ洞中を見まわした。
「イバンス!」
 とケートがさけんだ。
 おのれの名をよばれて壮漢《そうかん》は、ギクリとしてふりかえった。
「やあケートさん」
「あなたは少年らに救《すく》われました、わたくしも救われたのですよ、これはみんな神さまのひきあわせです、イバンスさん、あなたもどうか子どもらの力になってやってください」
 ケートはかれの手をにぎった。イバンスはふたたび一同を見まわした。
「十五人か、しかもみずからふせぐことのできるのは、五、六人しかない」
「いま、悪漢《あっかん》どもが襲撃《しゅうげき》してくるのですか」
 と富士男がいった。
「いや、いまということはないだろう、だが……」
「ね、イバンスさん、子どもらがかわいそうです、救ってやってください」
 とケートがいった。
「もちろん! ぼくは悪漢どもをやっつけますよ、けれど今晩はもうだいじょうぶです。このあらしでは、まさか川もわたれますまいからな」
 くまのように魁偉《かいい》な男ではあるが、どことなくものやさしい、目は正直《しょうじき》そうな光をおびている、一同はかれの態度《たいど》になにかしら心強さを感じた。
「おう寒い!」
 とかれはからだをふるわした。
「これを着かえなさい」
 とケートがありあわせの服を持ってきた。
「ありがとう、ついでになにか食べ物がいただけませんか、きのうからなにも食べないのです」
 モコウが走って、食堂からやき肉、固《かた》パン、茶、および一|杯《ぱい》のブランデーを持ってきた。
「やあ、ブランデーか! ぼくはもう二ヵ月も飲まない」
 とかれは目を細めてコップをとると、ごくりと一息にあけた。
「うまいな! やき肉に固パンか、なかなかのごちそうだな」
 こういうとかれは、目にもとまらない早さでペロリとたいらげた、一同はかれのすばやい食べ方に目を見張《みは》った。
「やっと人間らしくなった」
「もっと食べますか?」
 とモコウがいった。
「ハハハ、もういいんです、これから食べはじめたら、底なしですよ、諸君の食べ物がなくなってしまうよ、ハハハ」
「おじさんはまるでくまのようだ」
 と幼年組がいった。一同は笑った。
「ぼくらは早く海蛇《うみへび》らの動静《どうせい》が知りたいのです、そして今後の方針を定めなければならない、おじさん、左門洞にのがれるまでの話をしてください」
 とゴルドンがいった。これは一同が早く聞きたいところである。
「早く聞かしてください!」
 と一同がさけんだ。
「よろしい、話そう、だが左門洞とはいったいなんです?」
「ぼくらが命名したこの洞の名ですよ、前の川が、ニュージーランド川です」
「ホウ! それぞれ名まえがついてるんですね、それは改めてひまのあるとき聞くとして」
 イバンスは茶をひとすすりして語
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