》した。
 ポカリと川霧を破ってボートがあらわれた。
「万歳《ばんざい》!」
 と川岸の四人がさけんだ。
 モコウのたくみな操縦《そうじゅう》でボートが岸についた。
「お帰り!」
 とゴルドンが富士男の手をにぎった。
「兄さん、ああ肩に血が?」
 と次郎がさけんだ。
「ああ、なんでもないよ」
「次郎君、その傷《きず》は僕の一命を救ってくれた尊《とうと》い血なんだ、ぼくはみなに心配をかけた、すまない、ゆるしてくれたまえ」
 とドノバンが頭をたれた。
「ぼくらをゆるしてくれたまえ」
 とグロース、ウエップ、イルコックが同時にさけんだ。
 わずか数日のあいだの分離に、かれらの顔はいたましくやつれ、衣服は破れよごれている、雨に打たれ、風にさいなまれ、恐怖《きょうふ》と不安の艱苦《かんく》をなめたのだ。こう思うとゴルドンは四人がいとしかった。
「ゆるすもゆるさんもないよ、ぼくらがあまり仲がいいので、悪魔がちょっといたずらをしたのだ、ぼくらはいま完全に一致した、以前に倍した和合協力《わごうきょうりょく》をもって敵にあたろう」
 とゴルドンの手をとった。
 新しい感激《かんげき》の涙が、四人のほおを伝わった。太陽が森のはしにあがった、光の箭《や》が少年連盟を祝福するかのように、河畔《かはん》の少年を照らした。
 フハンが先頭になって走った。ケートをとりまいて洞穴の年少組が、ハンケチや帽子をふってむかえた。
「みなさんおなかがすいたでしょう、さあ早くいらっしゃい」
 とケートがいった。
 食堂はきれいにかたづいて、食卓《しょくたく》にはごちそうがつまれ、うまそうなにおいがたちこめていた、みなはクンクン鼻を鳴らした。
「やあやあ、ぼくの料理よりはずっとうまい」
 とモコウがいった。
「そりゃおばさんは女だから、料理は専門《せんもん》さ」
 とゴルドンがいった。
「でも、モコウ君の料理もなかなかおいしい」
 とドノバンがいった。
「いや、それほどでもありませんや」
 とモコウが頭をかいた。
「これからはケートおばさんと、モコウ君と、腕のじょうずがそろったから、ぼくらは胃をこわさないように気をつけねばならない」
 と富士男がいった。一同は笑った。
 ドノバンの性格《せいかく》は一変した。かれは富士男の命令は忠実にまもった、雨が降って地が固まるように、少年連盟は以前に倍した一|致協力《ちきょうりょく》ですすんだ、四五日がすぎた、だが海蛇《うみへび》などの悪漢の消息《しょうそく》はようとしてわからない、黒雲が頭をおしつけるように、一同は不安と恐怖《きょうふ》のあいだに、心がおちつかない。
「ゴルドン君、ぼくはひとりで、ドノバン君が発見したというセルベン号のある海岸へいってみようと思う。いつまでも不安な状態《じょうたい》であるより、なにかしっかりした消息《しょうそく》をつかまえたいんだ」
 と富士男が真剣《しんけん》な顔をしていった。
「ぼくもいこう」
 とドノバンがいった。
「ぼくらもいこう」
 とイルコックと、バクスターがいった。
「そりゃ無謀《むぼう》だ。みずから危険のふちにのぞむことは、賛成《さんせい》できない」
 とゴルドンがいった。
「富士男さん、わたしお願いがあるのよ」
 とそばで一同の議論をきいていた、ケートが口をきった。
「どんなことです、おばさん」
「わたしを一日か二日、自由の身にしていただきたいのです」
「それはいったいどういうわけですか」
 とゴルドンがいった。
「この洞穴がいやになったのですか」
 とドノバンがいった。
「いいえ、そうじゃないのです、わたしはみなさんが毎日不安な顔をしているのが、気のどくでたまらないのです、わたしがいって舟があるかないか、調べてきたいのです、それがわたしの責任です」
「それはいまぼくらが決心しかねているのです」
 とドノバンがいった。
「そうです、ですがあなたたち少年連盟は、まだ悪漢が知りません、さいわいわたしは海蛇《うみへび》といっしょにおったものです、あなたたちがゆくよりも危険が少ないと思います」
「それは無謀《むぼう》です。悪漢どもはおばさんが生きていることを知ったら、殺してしまいます」
 と富士男が色をかえてとめた。
「いいえ、ゆかしてください、わたしは一度かれらの毒手《どくしゅ》からのがれることができました、これは神さまが味方してくださったからです、わたしは信じます、そして、あの温良なイバンス運転手をさそってくることができたら、くっきょうな味方になるでしょう」
「でもイバンス運転手は、海蛇《うみへび》の悪事を知っています、悪漢どもにすきがあったら、逃走《とうそう》しているにちがいありませんよ」
 とゴルドンがいった。
「いや、逃亡《とうぼう》をこころみて、悪漢どもの毒手にたおれたのかもしれんよ」
 とドノバンがいった。
「そうだ、そしていまケートおばさんがとらえられたようになったら……」
 と富士男がいうのを、おしとめるようにしてケートがさけんだ。
「わたしは息のつづくかぎり、けっして悪漢どものとりこにはなりません」
「おばさんがぼくらのことを思ってくださるのは、ありがたいです、ですがいま、みすみすおばさんを悪漢どもの手にまかせることはできない、ね、ゴルドン君、ぼくはおばさんに、この冒険《ぼうけん》は思いとまってもらいたいと思うが……」
「そうだ、おばさんは、ぼくらのお母さんの役目をまもっていただきたいと思います」
 とゴルドンがいった。
「あせることはないんだ他《ほか》に方法はいくらでもある」
 と富士男は考え深そうにいった。
 不安のうちにも平和な日はつづいた。だが少年の心は変化を喜ぶ、むやみに広場で遊ぶことを禁じられ、唯一《ゆいつ》の楽しみである鉄砲で鳥をいることも禁じられている、それは一つの発砲で、悪漢どもに知られたくないからだ、春の日がかがやくのに、くる日もくる日も洞穴のなかで暮らさなければならない。ただときおり、だちょうの森にかけたなわに、えものがかかるのが楽しみの一つであった、一同はたいくつを感じた。
 富士男もゴルドンも一同が無聊《ぶりょう》に苦しむのを見て、いろいろきもをくだいた、だがうっかりしたことをして、悪漢どもが知ったら、たいへんな目にあわねばならない、こう考えると手がでない。
 ある日、富士男はフト一計を案《あん》じた。だがそれはあまりに、とっぴにすぎる計画である、はじめかれは空想だと思ってしりぞけた、けれどそれは、しつこくかれの脳心《のうしん》にこびりついてはなれない、かれは日夜、計画を反覆《はんぷく》した。
「これよりほかに方法はない」
 かれはとうとうかたく決心した。
 かおり高いコーヒーが晩餐《ばんさん》のあとののどをうるおす、雑談にふけったり、本を開いたり、一同は思い思いのすがたで食卓《しょくたく》をかこんでいる、富士男がコトコトと食卓をたたいてたちあがった。一同はかれをあおいだ。
「諸君! ぼくは一つの計画を相談したい」
 と富士男が一同を見まわした。
「ほかでもありません、ぼくらはかつてたこをつくってこれを島にあげて、無人島から救助されることを望んだ、そのとき、サービス君がいったことばを、みなは忘れないでしょう、すなわち、たこに乗って、ニュージーランドの家に、ぼくらの窮状《きゅうじょう》を知らせようというのです、ぼくは、一婦人がたこに乗って、空中に飛揚《ひよう》することをこころみて、成功したことを、ある本で読んだことを記憶《きおく》します、いまこれにならってたこを利用し、空中にのぼり、全島のもようを見たら、ぼくらが一日も安心のできない悪漢どものありさまを知ることができると思う」
 富士男の大胆《だいたん》な計画に、一同は眼をみはった。
「しかし、たこははたして、ぼくらのひとりをもちあげる力があるだろうか」
 とドノバンがいった。
「それは物置《ものお》きにあるたこでは不十分だ、だがさらに大なる、さらに堅固《けんご》なものに改造したら、だいじょうぶだと思う」
「たこは一度あがったら、いつまでもそのままでいることができるだろうか」
「それはだいじょうぶだ」
 と工学博士のバクスターが、沈黙《ちんもく》を破ってうなずいた。
「工学博士の保証《ほしょう》があるならだいじょうぶだ、ぼくの小説的空想は、いま実をむすんだ」
 とサービスが鼻孔《びこう》をふくらました。
 一同は笑った。
「富士男君、いったいどのくらいの高さまであげようというのだい」
 とバクスターがいった。
「そうだ、二百メートルぐらいの高さにまで達したいと思うんだ、そうすれば島のもようを見おろすことができる」
「さっそく、ぼくらは実行にうつろう、ぼくらはもうたいくつでたいくつでならないんだからね」
 とサービスが腕をなでた。一同はこの新たなる計画に、眼をギラギラと光らして賛成した。
「製作主任はやっぱりバクスター君にまかせよう」
「それがいい」
「万歳!」
 一同の意気はとみにあがった、だがただひとり、ゴルドンはしじゅう黙然《もくねん》と腕を組んで一言も発しなかった。思慮《しりょ》深いかれはこの冒険《ぼうけん》をあやぶんだ。一同が食堂を去ったのち、かれは富士男に近づいた。
「富士男君、きみはほんとうにこの計画を実行しようというのか」
「そうだ、ぼくはぜひやりたい」
「だがそりゃあまりに危険《きけん》な計画だ」
「ぼくもそう思う」
「そしてだれがみずから一命をかけて、この冒険《ぼうけん》をやるのだ、まちがえば尊《とうと》い人命をなくすのだ」
「ゴルドン君、心配しないでくれたまえ、ぼくには信ずるところがあるのだ」
「まさかきみは、くじでいけにえをきめようというのではなかろうね」
「そんなことはしないよ、ぼくを信じてくれたまえ」
「そうか、ぼくは余《あま》り感心しないよ」
 とゴルドンは、富士男がとうてい意志《いし》をひるがえすことがないのを知って、室を去った。
 翌日主任バクスターの指揮のもとに、一同はたこの改造に着手した、だが、バクスターがいかに工学的の知識があるといっても、まだ子どものことである。人間ひとりをもちあげる重量や、たこの面積や、重力の中心、およびこれにたえるべき糸の太さなど、精確《せいかく》に比較考査《ひかくこうさ》する十分な知識はない、ただ従来《じゅうらい》のたこの飛揚力《ひようりょく》を試験して、さらにこれを拡張《かくちょう》するほかにしかたがない、すなわち、約六十キログラムぐらいの重量をのせてとべるほどの大きなものと見当《けんとう》をつけた、この重量は、連盟員中の最重量者の目方である。二日の苦心さんたんの改造は、直径《ちょっけい》四メートル半、毎辺の長さ一メートル二十、面積およそ五十平方メートルの、八角形の大だこをつくりあげた。たこの尾には、一つのかごがとりつけられた、これはサクラ号の甲板《かんぱん》にあったもので、このなかにひとりがはいってあがるのである。
「ゆれて落ちるようなことはないだろうか」
 とひとりが心配そうにいった。
「それは実験《じっけん》すればわけはない」
 とサービスがいって、素早《すばや》くかごのなかにはいった。それはすわって乳のあたりまでかくれた。
「ほれ、だいじょうぶだ」
 とサービスが得意《とくい》げにさけんだ。
「でも空にあがっても、おりたくなったときはどうするんだい」
 と善金《ゼンキン》がいった。
「それは、かごのふちに一|条《じょう》の糸をつけておく、糸には一個の鉄環《かなわ》をとおしておいて、糸のはしは地上のひとりが持つんだ、おりたくなったら、上から鉄環をはなてば、それがあいずになる」
 とバクスターが、ポケットから一個の鉄環を出して一同にみせた。
「じゃすぐあげてください」
 と幼年組ははしゃいでさけんだ。
「いや、それは晩まで待ってくれたまえ、まっ昼間にあげては、悪漢どもにわざわざぼくらの居所《いどころ》を知らせるようなものだ」
 と富士男が一同のはやる心をおさえた。
 夜がきた、南西の風が吹いて、たこをあげるにはか
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