つがあるぞ」
見れば大樹の下にたき火のあとが、黒々とのこって、燃えさしの枝が散乱している。
「何者だろう」
一同は不安に顔を見あわした。ふいに何者かの襲撃《しゅうげき》を受けないともかぎらないので、ふたりずつ交替《こうたい》に休むことにした。
× × ×
八ヵ月以前富士男が次郎とモコウをしたがえて、失望湾《しつぼうわん》をくだらんとする前夜、露営した同じ樹下に、八ヵ月後分離した四人が、別に新たに居を定めようとは、だれが予想しえよう。
同じく、グロース、ウエップ、イルコックの三名も、いまとおく左門洞の楽園をはなれて、ひとりせきばくたる、この樹下に横臥《おうが》するとき、さきにこの樹下にねむりし人をおもい、左門洞のことを思えば、その心の奥に一まつのくゆるがごとき、うらむがごとき、一種の念のきざすのを禁じることができようか。
× × ×
十月十二日、僕は一同にはじめの計画を変更することをはかった。それはまずこの川をわたって左岸にそい、失望湾まで下降することである。
「川を渡ってくだるのも、川にそってくだってからわたるのも同じじゃないか」
とグロースが、抗議《こうぎ》を申しこんだ。
「そうだ。帰《き》するところは同じだが、このまえ、富士男が探検《たんけん》した話をきみは忘れはしまい。富士男の一行は左岸の林中に、ストーンパインを発見したというではないか、そうすればぼくらは、ゆくゆく果実を採集《さいしゅう》する便宜《べんぎ》がある。一|挙両得《きょりょうとく》じゃないか」
「なるほど、わかった」
「たよりない、食糧《しょくりょう》係だなあ」
ぼくがこういうとみなは笑った。衆議《しゅうぎ》は一決した。ぼくらは浅瀬をさがして容易にわたることができた、だが、この行路は思ったよりなかなかの困難だった、下草はこしを没し、すねにまといつく。少しゆくと沼沢《しょうたく》にであい道がとだえる、密林を用意したおので切りひらく、なかなかはかどらない。ようやく林をぬけだしたのはもう日は没して、闇《やみ》がたれこめる七時ごろであった。海が近いので濤声《とうせい》が気にかかって、容易に寝つかれない。
十月十三日、朝起きるとさっそくまず浜辺に出てみた。東方の地平線上を展望《てんぼう》するに、そこはいぜん無辺《むへん》の海波びょうびょうとして天をひたしている、一|望《ぼう》目をさえぎるなにものもない、ぼくは胸底深くひめていた計画をはじめて発表した。
「諸君! ぼくはやはり、この島がアメリカ大陸に、近いと信ずる、チリー、もしくはペリコウにおもむかんとして、ホルン岬をすぐるところの汽船はきっと、航路をこの島の東方にとって、この沖をすぎなければならないと思うのだ。ぼくが諸君とともに、ここに居を定めんと決心したのは、一つはここで、これらの汽船を見張るためだったのだ、富士男は失望のあまりに、ここを失望湾と名づけた。けれどぼくはこの湾は長くぼくらを失望させないだろうと信ずる。むしろ希望の湾ではなかろうか。早晩《そうばん》、きっとぼくらは帆影《ほかげ》を沖に発見することができると信ずる」
ぼくの演説《えんぜつ》は三人を歓喜《かんき》さした。
「さすがにドノバン君だ! えらい!」
とイルコックがいった。
「そんな深い計画だとは思わなかった」
とウエップがいった。
「そうだ、ぼくらは偉大《いだい》な首領をいただいて幸福だ、ぼくはいまドノバン君を大統領に推薦《すいせん》したいと思う」
とグロースがいった。
「もちろん異議《いぎ》なし」
「賛成《さんせい》だ」
ぼくはとうとう大統領に推薦された。大統領! それはどんなに望んでいたことだろう。三人の手下では少々さびしい気もするが、やはりうれしい。将来の住宅である洞《ほら》もきまった。つぎは、左門洞にのこしてきたぼくらの財産を、一日も早く運搬《うんぱん》しなければならない。晩餐《ばんさん》後、僕は一同にはかった。
「ぼくらの財産はどうして運ぶことにするか」
「そりゃもちろん、ボートで運ぶのがいちばんいい」
とグロースがいった。これはぼくの考えと一致する、陸路をとることは、来るときの道を思えば、とうていぼくらの手にあまる難事だ。
「だがいったい、だれがボートをこぐのか」
「黒ん坊にたのむさ」
「モコウにはたのみたくない」
「なぜだ」
「ぼくらは独立の第一歩において、かれのやっかいになった、そしていままたかれの力をたのむために、頭をさげなければならないとなると、大なる恥辱《ちじょく》だ」
「ハハハ、遠慮《えんりょ》にはおよばないさ。黒ん坊は働くために生まれてきたのだから、使ってやれば喜んでいる」
とグロースがこともなげにいった。
「そうだそうだ。ぼくらはかれを働かしてやるのだから、感謝されこそすれ、こちらから頭をさげることはいらない」
とウエップがいった。
ぼくはあまり感心しなかったが、衆議《しゅうぎ》にしたがうことにした。
「では第二案として、左門洞に帰るまえに、ぼくらは浜辺にそって、島の北部を探征《たんせい》することを提議《ていぎ》する。たとえ荷物をとりに帰るとしても、ぼくらはなにか一つてがらをたてておきたいからだ、諸君はどう思う」
「そりゃすばらしい計画だ」
「左門洞の一同の鼻をあかすに、絶好の計画だ」
衆議は一決した。いよいよ探検するとなれば、往復に少なくとも三日の日数をついやさねばならない、十分なる睡眠《すいみん》と、英気を養うために、早目に寝につく。
十月十四日、未明の空にはなごりの星があわく光っていた、太陽はまだあがらない。黄卵色の雲が東の空に浮いていた。清涼な風が身をひきしめてすがすがしい。ぼくらは第二の探検地、北方をさしてすすんだ。およそ四キロメートルばかりのあいだは、浜辺一帯の岩つづきで、ただ左手の林ぎわのほうに、はば三十メートルばかりのひとすじの砂道がのこっている。岩のつきるところで、道は小さな流れに遮断《しゃだん》された。
「ああ、川だ!」
僕は立ちどまった。川底の小石がすきとおって見える、小魚が銀鱗《ぎんりん》の背を光らして横ぎる。
「これはきっと、平和湖から流れて海にそそぐのだ」
「ぼくらが発見した川だ、名前をつけよう」
とグロースがいった。
「大統領に一任しよう」
「賛成!」
「では北方川《ほくほうがわ》と命名しよう」
一同はこれに賛成した。グロースが、川べりにおりて顔をあらった。
「つめたいいい水だ!」
兵糧《ひょうろう》係のかれはぬけめなく、水筒《すいとう》にいっぱいつめこんだ。ぼくらも思い思いに顔をあらった。
川をわたると、おおいしげった密林のなかに出た。木の間をもれる日が、斑《ふ》のように下草にうつっていた。
しばらくゆくと先頭のグロースがとつぜん立ちどまった。
「あっ! ドノバン、あれはなんだろう」
指さすかなたを注視《ちゅうし》すれば、おいしげる灌木林《かんぼくりん》をおしわけて、一個のぞうのような巨獣《きょじゅう》がすすんでくる。
「あッ! こっちへくるぞ」
ウエップが叫んだ。
「イルコックとウエップは、この大木の陰にかくれてくれたまえ。ぼくはグロースとふたりでうちとってくる」
ぼくは銃をとってしらべた。ふたりは足音をしのばして巨獣に近づいた。あいへだたること三十六メートルばかり!
「だいじょうぶか」
「よし!」
ねらいはきまった、ぼくらは同時に発砲した。巨獣は鋼鉄《こうてつ》の皮でできているのかもしれない。いっこうに銃丸のとおったようすもない。ただ異様なたけりをあげると、巨大なからだをひとゆすりして、密林のなかへすがたをけした。銃声をききつけて、ウエップとイルコックがとんできた。
「どうだった」
「逃げたよ」
「弾丸《たま》があたらなかったのか」
「あたったけどはねかえった」
二人は目を丸くした。ぼくはふと巨獣によくにたものを学校で習ったことを思い出した。
「わかったよ諸君! これは南アメリカの河畔に見るばくの一種だ」
「害を加えるのか」
「いやばくはけっして害を加えない、だが、用にもたたない」
「南アメリカにすむばくの一種だとすれば、この島はあるいは大陸の一部かもしれないね」
「そうだ、島にあんな巨獣がすむわけはない」
「ぼくもいまそう考えたところだ、とにかく、もう少し探検しよう」
一同は急に元気百倍した。その夜ぼくらは、探征《たんせい》の第一夜をぶなの林で明かした。あと十五キロメートルばかりで、目的地《もくてきち》の北浜に達するのだ。あすの希望をひめて一同早く寝につく。
× × ×
ドノバンの日記はここでおわって、あとは空白《くうはく》である。それは一行が大暴風雨にみまわれたため、日記帳もなにもいっさいずぶぬれになったためである。そこで筆者は四人のその後の行動を報道しよう。
朝からおだやかならぬ雲行きを見せていた空は、午《ひる》ごろから、いまにも泣きだしそうになった。
「いよいよくるな!」
と空を見あげてグロースがいった。
「ひきかえそうよ」
「そりゃだめだ。いまからひきかえしてもとちゅうでどんな目にあうかもしれない。どこかかっこうの場所をさがしたほうが安全だ」
とドノバンがはげますようにいった。四人は足を早めた。風は刻《こく》一|刻《こく》はげしく吹き加わり、横なぐりの大粒《おおつぶ》の雨がほおをうった、とはげしい電光が頭上にきらめいた。
「あぶない! 地に伏せ」
ドノバンがさけぶと同時に、耳をつんざくごうぜんたる霹靂《へきれき》! 数間先のぶなの大木がなまなましくさかれて風におののいている。
「助かった」
と一同はホッとして顔を見あわせた。
「早くこの林をぬけださねばあぶないぞ」
雨と風にさいなまれながらも、屈せずたゆまず、あえぎあえぎ道をいそいだ。あらしの中に日が暮れた。四人はめくらめっぽうにすすんだ。と風のなかに遠くほえるようないんいんたる別様《べつよう》のひびきが耳をうつ。それは森をへだてておこるようだ。
「待て!」
と、ドノバンが立ちどまった。
「きこえるか」
「波の音のようだ」
「そうだ、ぼくらはとうとう目的地へついたのだ」
「万歳!」
かれらは急に元気をとりかえした。
森をぬけると視野《しや》はかつぜんと開けて、砂浜の先に、たけりくるった黒い海が、白いきばをむきたてて、なぎさをかんでいる。黒闇々《こくあんあん》のなかに白く光る波がものすごい。
「あっ! ボートだ!」
とイルコックがさけんだ。
指さす左のほうに、右舷《うげん》を砂浜に膠着《こうちゃく》さして、一せきのボートがうちあげられているのが、かすかにそれと見える。
「あっ人間だ」
ウエップがさけんだ。
ボートから十メートルほど左の、引《ひ》き潮《しお》がのこした海草の上に、二個の死体が、一つはあおむけに、一つはうつぶせに横たわっている。
あまりのおどろきに、一同はしばし声もえたてず、石像のごとく立っていた。
「何者だろう」
とドノバンが小声でいった。
一同は顔を見あわした。恐怖《きょうふ》と好奇《こうき》の無言のうちに、四人は死体のほうへすすんだ。死体は十数メートル先にほの白く光っていた。みだれた髪《かみ》が白蝋《はくろう》の顔にへびのようにくっついている。ぞっと戦慄が身内を走った。「ワッ!」と悲鳴をあげたウエップが、とつぜんかけだした。浮き足だった三人もつづいてかけだした。ぶなの林のなかに逃げこんで、一同はホッと息をついた。嵐《あらし》はいつやむ気配《けはい》もない。夜のやみにゴウゴウと林の鳴る音がものすごい、烈風にまきあおられた砂が、小石を混《こん》じてつぶてのように顔をうつ。一同は生きた心地もない。
「みんな手をにぎろう」
とドノバンがいった。一同はかたく手と手をにぎりあった。
雨がようやく小降《こぶ》りになった。東の空にあかつきの色が動きそめた。恐怖《
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