かれは頭をかしげて考えた。するとかれはこのとき、海水にぬれた壁《かべ》のあとをおうて眼をだんだんに上へうつしたとき、水は階段の上の口、すなわち甲板《かんぱん》への出入り口から下へ落ちてきたのだとわかった。
「なんでもないよ」
富士男は一同に浸水《しんすい》のゆらいを語って安心をあたえ、それからふたたび甲板へ出た。夜はもう一時ごろである。天《そら》はますます黒く、風はますますはげしい。波濤《はとう》の音、船の動く音、そのあいだにきこえるのは海つばめの鳴き声である。
海つばめの声がきこえたからといって、陸が近いと思うてはならぬ、海つばめはおりおりずいぶん遠くまで遠征《えんせい》することがあるものだ。
と、またもやごうぜんたる音がして、全船《ぜんせん》が震動《しんどう》した、同時に船は、木の葉のごとく巨濤《きょとう》の穂《ほ》にのせられて、中天《ちゅうてん》にあおられた。たのみになした前檣《ぜんしょう》が二つに折れたのである。帆はずたずたにさけ、落花《らっか》のごとく雲をかすめてちった。
「だめだ」とドノバンはさけんだ。「もうだめだ」
「なあにだいじょうぶだ、帆がなくてもあっても同じ
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