ことだ、元気で乗りきろう」
 と富士男はいった。
「いいあんばいに追風《おいて》になりました。一直線にゆくことができます」とモコウはいった。
「だが、気をつけろよ、船より波のほうが早いから、うしろからかぶさってくる波にからだをさらわれないように、帆綱《ほづな》にからだをゆわえつけろよ」
 富士男のことばがおわるかおわらないうちに、大山のごとき怒濤《どとう》が、もくもくとおしよせたかと見るまに、どしんと甲板《かんぱん》の上に落ちかかった。同時にライフ・ボート三せき、ボート二せきと羅針盤《らしんばん》をあらいさり、あまる力で船べりをうちくだいた。
「ドノバン、だいじょうぶか?」
 富士男はころびながら友を案《あん》じていった。
「ああだいじょうぶだ。ゴルドン!」
「ここにいるよ、モコウは?」
 モコウの声はない。
「おやッ、モコウは?」
 富士男は立ちなおってさけんだ。
「モコウ! モコウ! モコウ!」
 よべどさけべど、こたうるものは、狂瀾怒濤《きょうらんどとう》のみである。
「波にさらわれた!」
 ゴルドンはふなばたから下を見おろしていった。
「なんにも見えない」
「救《すく》わなきゃ
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