ふとった少年の顔があらわれた。それは富士男の弟次郎である。
「次郎、どうしてきた」
 と兄はとがめるようにいった。
「たいへんだたいへんだ、兄さん、水が船室にはいったよ」
「ほんとうか」
 富士男はおどろいて階段をおりた。もし浸水《しんすい》がほんとうなら、この船の運命は五分間でおわるのである。
 船室のまんなかの柱には、ランプが一つかかってある。そのおぼつかないうすい光の下に、十人の少年のすがたをかすかに見ることができる。ひとりは長いすに、ひとりは寝台《しんだい》に、九歳や十歳になる幼年たちは、ただ恐怖《きょうふ》のあまりに、たがいにだきあってふるえている。富士男はそれを見ていっそう勇気を感じた。
「このおさない人たちをどうしても救わなきゃならない」
 かれはこう思って、わざと微笑《びしょう》していった。
「心配することはないよ、もうじき陸だから」
 かれはろうそくをともして室内のすみずみをあらためた、いかにも室内にすこしばかりの水たまりができている、船の動揺《どうよう》につれて水は右にかたむき左にかたむく。だが、それはどこからはいってきたのかは、いっこうにわからない。
「はてな」

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