た人は、いまいずこにあるか、かれはどんな生活をして、どんなおわりをとげたか。
 草をわけ枝をむすんで、長いあいだここにくらしていたが、救いの舟もきたらず、ついにこのさびしい石垣のなかにたおれて、骨を雨ざらしにしたのか。それは人の身の上、いまや自分たちもまた、それと同じき運命にとらえられているのだ。
 ちょうぜんとして感慨《かんがい》にふけっていると、とつぜん猟犬フハンは二つの耳をきっと立てて尾をまたにはさみながら、地面の上をかぎまわった。かれは右にゆき、左にゆき、またなにかためらうように見えたが、たちまち一方の木立ちをさしてまっすぐに走った。
「なんだろう」
 一同はフハンのあとについていった、フハンは、ちくちくとおいしげる木立のなかに突進《とっしん》したが、なにを思うたか、一本のぶなの木の下に立ちどまって、高く声をあげた。一同はぶなの木を見ると、その幹《みき》の皮をはぎとったところに、なにやら文字がきざみつけてあった。
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S. Y.
1807
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 一同がそれを読んでるうちに、フハンはふたたび疾風《しっぷう》のごとく岩壁《がんぺき》をかけの
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