んぱん》の風に吹きたわめられて、その根元は右に動き左に動き、ギイギイとものすごい音をたてる。もしマストが折れたら船には一本のマストもなくなる、このまま手をむなしくして、波濤《はとう》の底にしずむのをまつよりほかはないのだ。
「もう夜が明けないかなあ」
 ドノバンがいった。
「いや、まだです」
 と黒人のモコウがいった。そうして四人は前方《ぜんぽう》を見やった。海はいぜんとしてうるしのごときやみである。
とつぜんおそろしいひびきがおこった。
「たおれたッ」とドノバンがさけんだ。
「マストか?」
「いや、帆が破《やぶ》れたんだ」
 とゴルドンがいった。
「それじゃ帆をそっくり切りとらなきゃいかん、ゴルドン、きみはドノバンといっしょに、ここでハンドルをとってくれたまえ、ぼくは帆を切るから……モコウ! ぼくといっしょにこいよ」
 富士男は、こういって決然《けつぜん》と立った。かれはおさないときから父にしたがって、いくたびか、シドニーとニュージーランドのあいだを航海した。そのごうまいな日本魂《にっぽんだましい》と、強烈《きょうれつ》な研究心は、かれに航海上の大胆《だいたん》と知識《ちしき》をあた
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