ない」
 と富士男がさけんだ。
「ああ、富士男君!」
 とイルコックがさけんだ。
 富士男はそれに答えず、とらのうしろにまわってとびかかりざま、ひとつき刺《さ》した。新たな敵を見てとったとらは、らんらんたる目をいからし、大口あけてふりむきざまに富士男をめがけて、ひと撃《う》ちとばかりつかみかかった。ドノバンはそのすきにのがれた。すばやく身をひるがえした富士男は、身をしずめて一刀をつかをも通れと、とらの腹部をつきさした。ものすごいうなりをあげてとらは、どっと地ひびきたててたおれた。
 富士男はホッと息をついた。とらのためにひっかかれたと見え、左かたの服はずたずたにさけて、鮮血《せんけつ》がこんこんと流れだしている。
「富士男君! これを!」
 とドノバンがシャツの袖《そで》をちぎって、くるくるとゆわえた。見る見る鮮血《せんけつ》は仮《かり》ほうたいをまっかに染めた。ドノバンはじっとそれをみつめた。
 つねに命令にそむき、侮辱《ぶじょく》し、反対の行動をとった自分である。それをいま、富士男は一身の危険《きけん》をおかして一命を救ってくれた。こう思うとドノバンは、心の奥底からつきあげてくる悔
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