の損害《そんがい》はなかった、だが動かなくなった船をどうするか。
船はなぎさまではまだ三百二、三十メートルほどもある、ボートはすべて波にさらわれてしまったので、岸へわたるには、ただ泳いでゆくよりほかに方法がない、このうち二、三人は泳げるとしても、十歳や十一歳の幼年をどうするか。
富士男はとほうにくれて、甲板《かんぱん》をゆきつもどりつ思案《しあん》にふけっていた。とこのときかれはドノバンが大きな声で何かののしっているのをきいた。なにごとだろうと富士男はそのほうにあゆみよると、ドノバンはまっかな顔をしてどなっていた。
「船をもっと出そうじゃないか」
「乗りあげたのだから出ません」
とモコウはいった。
「みんなで出るようにしようじゃないか」
「それはだめです」
「それじゃここから泳いでゆくことにしよう」
「賛成《さんせい》賛成」
他の二、三人が賛成した。もう海上を長いあいだ漂流《ひょうりゅう》し、暴風雨《ぼうふうう》と戦って根気《こんき》もつきはてた少年どもは、いま眼前に陸地を見ると、もういても立ってもいられない。
「泳いでゆこう」
とドイツのイルコックがいった。
「ゆこうゆこう
前へ
次へ
全254ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐藤 紅緑 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング