ときモコウは大きな声でさけんだ。
「陸だ! 陸だ!」
「何をいうかモコウ」とドノバンは笑った。じっさい、べきべきたる濃霧《のうむ》の白《はく》一|白《ぱく》よりほかは、なにものも見えないのである。
「モコウ、きみの気のせいだよ」
「いやいや」
とモコウは頭をふって、東のほうを指《ゆび》さした。
「陸です、たしかに」
「君の眼はどうかしてるよ」
「いや、ドノバン、霧《きり》が風に吹かれてすこしうすくなったとき、みよしのすこし左のほうをごらんなさい」
このとき煙霧《えんむ》は風につれて、しだいしだいに動きだした。綿のごとくやわらかにふわふわしたもの、ひとかたまりになって地図のごとくのびてゆくもの、こきものは淡墨《うすずみ》となり、うすきものは白絹《しらぎぬ》となり、疾《と》きものはせつなの光となり、ゆるきものは雲の尾にまぎれる、巻々舒々《かんかんじょじょ》、あるいは合《がっ》し、あるいははなれ、呼吸《いき》がつまりそうな霧のしぶきとなり、白紗《はくさ》のとばりに夢のなかをゆく夢のまた夢のような気持ちになる。
霧が雨になり、雨が霧になり、雨と霧が交互《こうご》にたわむれて半天にかけまわ
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