のなかにとどめおくことにした。その他はめいめい猟銃《りょうじゅう》をさげて、堤《つつみ》のかげをつとうて河口へおり、浜辺の岩のあいだを腹ばいになってすすんだ。
生まれて一度も人間のすがたを見たこともなく、よしんば人間を見ても、いまだ一度も他から危害《きがい》をくわえられたことのない海ひょうどもは、かかるべしとは夢にも知らず、いぜんとしてばらばら、ぞろぞろ、組んずほぐれつ遊びたわむれている。
一同はしあわせよしと喜びながら、たがいに十|間《けん》くらいずつの間隔《かんかく》をとって、一列にならび、海ひょうの群れを陸のほうに見て、海のほうへ一文字に横陣《よこじん》をすえて海ひょうの逃げ路をふさいだ。
「用意!」とゴルドンは手をもってあいずをした。
「うて!」
九ちょうの猟銃《りょうじゅう》は一度に鳴った。距離《きょり》は近し、まとは大きい、一つとしてむだの弾《たま》はなかった。ぼッぼッぼッと白い煙がたって風に流れた。海ひょうはびっくりぎょうてんして上を下へとろうばいした、ただ見る一|塊《かい》のまどいがばらばらととけて四方にちり、あるものは海へとびこみ、あるものは岩にかくれ、あるものは逃げ場を失って、岩の上をくるくるまいまわった。
煙がぼッぼッぼッととぶ、銃声は青天にひびいて海波にこだまする。
もうもうたる白煙のもと! 泡だつ波のあいだに見る見る海ひょうしのしかばねが横たわった。
「そらゆけ!」
一同は思い思いに海ひょうをとらえた。
「ステキに大きなやつがいる」
とひとりは脚《あし》をとってさかさにつるして見せる。
「いや、それよりも大きなのがここにもある」
とひとりがいう。
歓喜《かんき》の声! 三十余頭の海ひょうを、九人の少年がえいえい声をあわして運んで来たとき、年少組はおどりあがってかっさいした。
「毛皮の外套《がいとう》が着られるね」
とコスターはいった。
「ぼくは帽子にする」
とドールがいった。
「ぼくはさるまたにする」
と善金《ゼンキン》がいう。
「毛皮のさるまたをしてるものは雷《かみなり》さまだけだよ」
と伊孫《イーソン》がいう。
「雷さまのさるまたはとらの皮だ」
「海ひょうのさるまたはモダーンの雷だ」
一同は腹をかかえて笑った。このあいだにモコウは、二つの大きな石をならべてかまどをつくり、それに大なべをかけて湯をわかすと、ゴルドンらは海ひょうの皮をはいでその肉を六七百匁ほどの大きさに切り、どしどしなべにほうりこんだ。
「やあやあ、くさいくさい」
年少組は鼻をつまんで逃げだした。
「しんぼうしたまえよ」
やがてあわだつ湯玉《ゆだま》の表面に、ギラギラと油が浮いてきた。
「さあさあくみだせくみだせ」
一同は肉をなべにほうりこんでは、ひしゃくをもって油をたるにくみだした。それは一分一秒も休息するまがないほどの、いそがしさであった。三十頭の海ひょうを煮《に》て、数百ガロンの油をとりおわったときに、春の日もようやく西にかたむいて、天《そら》には朱《しゅ》のごとき夕焼けの色がひろがりだした。それはあすの快晴を予報するものであった。
徳と才
千八百六十一年の新年がきた。南方の一月は夏のさなかである。指おり数うれば少年らが国を去ってからはや十ヵ月がすぎた。故郷へ帰りたさは胸いっぱいであるが、救いの船が来なければ帰るべきすべもない。
またしても第二の冬ごもりの準備をせねばならなくなった、だがかれらはもう十分に経験をなめたので、すべての仕事はぬけめなく運んだ。まず家畜小舎《かちくごや》を洞《ほら》の近くへうつす計画をたて、バクスター、富士男、サービス、モコウがその工事をひきうけた。一方において、ドノバンとその一党たるイルコック、ウエップ、グロースの三人は、毎日|猟銃《りょうじゅう》をかついでは外へ出て、小鳥をとって帰った。
ある日富士男はゴルドンとともに森のなかを散歩した。小高き丘にのぼると自分らの洞窟《どうくつ》が一目に見える。岩と岩のあいだ、こんもりとしげった林、川の方へひろがる青草の路、そのあいだに点々としてあるいは魚を網《あみ》し、あるいは草をかり、あるいは家畜にえをやり、あるいは木材を運ぶ同士のすがたが画《え》のごとく展開する。
「ああかわいそうだなあ」
富士男の眼には涙がかがやいていた。
「なにが?」
「ぼくらは年長者だから自分の運命に対してあきらめもつく、また気長く救いを待つ忍耐力《にんたいりょく》もある、だがあのちいさい子たちは、家にいると両親のひざにもたれる年ごろだ。この絶海《ぜっかい》の孤島《ことう》に絶望《ぜつぼう》の十ヵ月をけみして、しかもただの一度も悲しそうな顔もせず、一生けんめいに心をあわして働いてくれる。それはぼくらを信ずればこそだ。かれらは一身をぼ
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