き火をこえて突入することはないから」
ものすごい咆哮《ほうこう》は、かなたの森のやみの底からひろがってくる、猟犬《りょうけん》フハンはむっくとおきて憤怒《ふんぬ》のきばをならし、とびさろうとするのをゴルドンはやっとおさえつけた。
「きたぞきたぞ」
とバクスターはやみをすかして見ていった。いかにもそのとおりである、ちょうど十間ばかり前に、血にうえた幾点点の眼の光! ただそれだけがたき火にうつって、しだいに近づくのが見える。
「だいじょうぶだ」
声とともに一発の銃声《じゅうせい》が夜陰《やいん》の空気をふるわした。
「手ごたえがあったぞ」
とドノバンがいった。バクスターは燃えしきるかれ枝を手に取って動物の群れに投げこみ、その光で周囲をじっと見つめた。
「逃げたらしいぞ」
「一頭だけたおれてる」
「またやってきやしまいか」
「だいじょうぶだ」
だが一同はもうねむることをやめた。ここは左門洞《さもんどう》から九マイルのところであった。一同は六時にそこを出発した。家を出てから四日目である、早くるすいの友の顔を見たい、帰心《きしん》矢《や》のごとく、午後の三時ごろにはもう家をさること一マイルのところへやってきた。ヴィクンヤは一同がかわるがわる二つの仔をだいてやったので、柔順《じゅうじゅん》についてきた。
このときドノバン、ウエップ、グロースの三人は、他の四人より一町ばかり前方を歩いていたが、とつぜん後隊をふりむいてさけんだ。
「気をつけイ」
ゴルドン、イルコック、バクスター、サービスはすぐに武器をとりだして身がまえた。とたんに、かれらは前面の森から殺奔《さっぽん》しくる、一個の巨獣《きょじゅう》を見た。
「なんだろう」
「なんだろう」
みながひとみを定めようとするまもあらせず、サービスは風をきってヒュウとばかりに飛び弾《だま》を投げた。ねらいをあやまたず、縄《なわ》は怪獣《かいじゅう》の足にからみついた。からまれながら怪獣は、死に物ぐるいの力を出して、縄のはしを持っているサービスをひきずりひきずり、森のほうへ逃げこもうとあせった。それはじつにおそろしい力である。サービスはさけんだ。
「みんなきてくれ」
ゴルドン、イルコック、バクスターの三人は走りよってサービスに力をそえ、縄のはしを大木の幹《みき》にしばりつけた。怪獣は眼をいからし、きばを鳴らしてくるいまわるたびに、大木はゆさりゆさりと動いて、こずえは嵐《あらし》のごとく一|左《さ》一|右《ゆう》した。
怪獣はラマという動物でらくだの属《ぞく》であるが、らくだほど大きくない。これを飼養《しよう》してならせばうまの代用になる。
「ラマだよ」
とドノバンは笑ってサービスにいった。
「きみの乗馬にしたらどうだ」
「乗馬はもうこりごりだ」
とサービスはいった。一同は笑ってラマをひきたてた。
一同の遠征はけっしてむだでなかった、かれらは酒の原料や、茶の木を発見し、ヴィクンヤおよびラマを生けどり、飛び弾《だま》の使用法に熟達《じゅくたつ》した。一同が帰ったとき、洞《ほら》の外にひとり遊んでいたコスターはそれを見て、すぐ家の中へ走りいって富士男に知らしたので、富士男はるすいの一同をつれて洞外へむかえでた。たがいに相抱擁《あいほうよう》して万歳の声はしばらくやまなかった。
ちょうどゴルドン一行が不在《ふざい》のあいだに、富士男はかねがね心にかかることがあるので、弟の次郎をひそかによんできいた。
「次郎君、きみはニュージーランドを出てからいつもふさぎこんでるが、なにか気になることがあるのかえ」
「なんでもありませんよ兄さん」
「なにか心配があるなら、ぼくにだけ話してくれないか」
「なんにもありません」
「いや、そんなことはない、みながそれで心配してるんだ、ぼくにうちあけてくれ」
「ぼくはね、兄さん」次郎はなにかいわんとしてくちびるを動かしかけたが、すぐ両眼《りょうがん》にいっぱいの涙をたたえ、「ごめんなさい兄さん、ぼくが悪いんです。ぼくが悪いんです」
「なにが悪いのだ」
次郎はわっと泣きだした、それから富士男がなにをきいても答えなかった。
一同がいろいろ苦心するにかかわらず、やっぱり食料は日一日とへっていった。このうえは大規模《だいきぼ》をもって食料|貯蓄《ちょちく》の方法をとらねばならぬと、富士男は決心した。かれはゴルドンとはかって、湖畔《こはん》や沼沢《しょうたく》や、森のなかに、ベッカリーやヴィクンヤ等の、大きなけものをとらうるにたるほどの、大じかけなおとし穴をつくることにした。
年長組がこの大きなおとし穴をつくりつつあるあいだに、年少組はバクスターを首領《しゅりょう》にして、ヴィクンヤなどを入れておく小舎《こや》を建てることにむちゅうになった、小舎はサクラ号から持っ
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