「平和湖」
「海が見える岡は?」
「希望《きぼう》が岡《おか》」
「だちょうを捕《と》った森は?」
「だちょうの森としてくれたまえ」
 とサービスがいったのでみんなが大笑いした。
 北の岬《みさき》を北岬という、南の岬を南岬という、犬の歯《は》のように出入しているいくたの岬は、みんな本国を記念に、日本岬、アメリカ岬、フランス岬、ドイツ岬、イタリア岬、支那岬、インド岬と名づけた。
「ですが、この島全体の名をなんとつけるんですか」
 と善金《ゼンキン》がいった。
「そうだ、それがいちばんたいせつな命名だ。諸君|知恵《ちえ》をしぼってくれたまえ」
 とゴルドンがいった。声に応《おう》じて、少年島、親愛島《しんあいとう》、理想島《りそうとう》等の名が出た。
「そうだ、もっといい名がありそうなものだね」
「ぼくは!」
 と年少のコスターは、学校におけるがごとく手をあげていった。
「少年連盟島《しょうねんれんめいとう》とつけたいのです」
「賛成《さんせい》賛成《さんせい》」
 声は一度におこった。
「少年連盟島! じつにいい名だ、コスター君、今夜の命名式はきみが殊勲者《しゅくんしゃ》だよ」
 富士男にほめられて、コスターはさっと顔をあからめながら、しかも得意《とくい》そうに鼻穴をふくらました。
「そうなると」とモコウはまっくろな顔をつきだしていった。「連盟があるからには大統領《だいとうりょう》がなければなりません」
「賛成賛成」
 声々がおこった。
「大統領なんて不必要《ふひつよう》だ」
 とドノバンはいった。
「しかし衆議《しゅうぎ》がまちまちになってきまらないばあいに、それを裁決《さいけつ》する人がなければ、連盟の方針《ほうしん》が立たない」
 と富士男はモコウの説に賛成した。
「賛成賛成」
 一同はしだいに熱した。
「諸君がそうしたいなら、僕も異存《いぞん》はないが、しかし選挙《せんきょ》をするのかね」
「選挙だ選挙だ」
 一同の眼は富士男のほうを見たので、ドノバンは早くも例の嫉妬《しっと》の念が、むらむらともえだした。
「選挙ならそれもよかろう、しかし任期は六ヵ月ぐらいに限りたいね」
「六ヵ月と限るもいい、そのかわりに、再選《さいせん》もさしつかえないということにして」
 とバクスターがいった。
「賛成賛成」
 なにかにつけて苦情《くじょう》をいいたがるドノバンも、道理の前には口をつぐむよりほかはなかった。
「そこでぼくは諸君に一言したい」
 と富士男は謹厳《きんげん》なる口調《くちょう》でいった。
「われわれ十五人の少年連盟の首領《しゅりょう》として、われわれが選挙する人物は、われわれのうちでもっとも徳望《とくぼう》あり、賢明《けんめい》であり、公平であるところのゴルドン君でなければならん」
「いやいや」
 とゴルドンは手をふって、「才知《さいち》と胆力《たんりょく》と正義は、富士男君を第一におすべきだ」
「いやいやそうじゃない、諸君、ゴルドン君を選挙してくれたまえ」
「いや、諸君、富士男君を選挙してくれたまえ」
 ふたりはひたいに玉のごとき汗を流して、ゆずりあった。
「どっちでも早くきめてくれ」
 とドノバンは不平そうにいった。
「ねえ、ゴルドン君、おたがいにゆずりあってもはてしがない、連盟の第一義は協力一致《きょうりょくいっち》だ、平和だ、親愛だ、その志《こころざし》について考えてくれたまえ」
 富士男はその眼に熱火《ねっか》のほのおをかがやかして、哀訴《あいそ》するようにいった。
「うん」
「大統領《だいとうりょう》という名目は、けっして階級的の意味じゃない」
「うん」
 ゴルドンはちらと富士男の顔を見やったときに、ドノバンのねたみのほのおが、わが眼をいるような気がした。彼は急に考えを変えた。
「そうだ、富士男君を大統領にすると、仲の悪いドノバンがなにをするかわからない、連盟の平和のために、自分が甘諾《かんだく》するのは、さしむき取るべき道ではなかろうか」
 かれがこう思っているうちに、富士男は一同にいった。
「ゴルドン君の万歳《ばんざい》をとなえようじゃないか」
「ゴルドン君万歳!」
 一同はさけんだ。
「少年連盟万歳」

     冬ごもり

 島の各所の命名はおわった。少年連盟の盟主はゴルドンにきまった。ある日富士男はゴルドンにこういった。
「きみに相談したいことがある」
「なんだ」
「われわれの冬ごもりのことだ、もしぼくらが想像《そうぞう》するごとくこの島が、ニュージーランドよりずっと南のほうにあるものとすれば、これから五ヵ月のあいだ――十月までは雪のために外へ出ることはできまいと思う。そのあいだわれわれは、なんにもせずに春を待っているのは、きわめておろかな話だと思う。われわれは少年だからいかなるばあいにも学問をや
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